「タリア」第13章その5

 (第13章その5)



「いつごろ?」
「一月から六月十日までの間です」
看守はピューッと口笛を吹き、肩をすくめた。
首をふり、十秒近くの間どうしたものかといいたげに迷っていたが、結局、机の端にたてかけられたぶ厚いファイルを手にとった。
面会人リストであった。
看守は、神谷の指摘どおり、六月十日からさかのぼりファイルを調べた。
面会人の名前を指でたどり次々と頁をくって行く。
五月、四月、三月、看守は二月分のリストを調べ始めた。
神谷はタリア・コッコネンの名がリストに記載されていないのではと諦めかけた。
囚人に面会したのでないなら看守に知り合いがいたのだろうか。
ファイルの残りもあとわずかになったとき、看守の指の動きが止まった。


「あった! これだな」
「タリア・コッコネン」
神谷は看守の示す文字を口に出した。
面会日は二月三日であった。
その日の面会人はタリアを含め十八人。
「カリ・リッポネンが面会の相手だな」
看守はリストに記された囚人の名を指でこづくようにして言った。
「どういう人物ですか。このリッポネンは」
「プライバシーに関わることだから、これ以上は口外できん」


「五月三十日に仮釈放されているよ」
もう一人の若い方の看守が教えてくれた。
ぶ厚いレンズの入った眼鏡をかけた看守だった。
五月三十日。タリアが面会に来てからほぼ四ヵ月後である。
「彼女は二月三日以前には、カリ・リッポネンに面会していないでしょうか」
その看守は神谷の質問に相棒からファイルを受けとり、再びリストをくり始めた。
しばらくリストをくっていたが、やがてリストを閉じ残念そうに首をふった。
タリアがカリ・リッポネンに面会したのは二月三日だけであった。
「最後に一つだけ教えて下さい」
二人の看守に向って神谷は乞うた。
「なんだ。まだあるのか」
「カリ・リッポネンの住所を知りたいのです」
「それくらいならいいだろう。プライバシーとまではいかないからな」


神谷は看守に礼を言い、ツルク刑務所を後にし、カリ・リッポネンの住むナープリンへ向った。
タリアがカリ・リッポネンに面会した理由。
神谷にはそれがわからなかった。
ある程度の段階までならうなずける。
だが、それから先となると、一本の線につながらないのだ。つまり、カリ・リッポネンとアントン・コッコネンは被告とその弁護士といった線で結ばれるだろうが、タリアとリッポネンとを結ぶ線はどこにもない。


しかし、それらはカリ・リッポネンに会えばはっきりすることであった。
それよりも、一枚の紙片からうかび上がってきたカリ・リッポネンという人物がはたしてタリア殺害に関係あるのかどうかが問題だった。
神谷には、リッポネンがこの事件に関係しているとは思えなかった。
仮釈放の身分で警察の監視下にあるリッポネンが、タリアを殺せるわけがない。
それに、今まで三年間も刑務所に入っていて、タリアと会ったことさえないのに事件に関係できようはずがない。
カリ・リッポネンの存在は神谷に新たな疑問を抱かせたのだった。




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