「タリア」第14章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加筆訂正しております。物語は日本人青年がアムステルダムで殺害されたフィンランド人の恋人タリアの死に疑問を抱き、北欧を舞台に謎を解いていくという長編小説(推理小説)です。


長編推理小説「タリア」第14章その1



ヘルシンキへの帰路、神谷はタリアがカリ・リッポネンに面会した理由を考え続けていた。
リッポネンは、タリアは父親のアントンが彼の弁護を引き受けていたか否かを尋ねただけで、それを確認するとすぐに帰ってしまったと言った。
なぜタリアはそんなことを確かめるだけのためにリッポネンに面会したのだろう。
タリアがリッポネンを訪ねたことと、彼女がアムステルダムで殺されたことと関連があるのだろうか。
タリアはリッポネンに何か他に尋ねはしなかったのだろうか…。
だが、リッポネンは嘘をまじえて話しているふうには感じられなかった。
タリアがリッポネンに面会したのは二月三日。
アントン・コッコネンは、それよりもおよそ三週間前に交通事故のため亡くなっている。そのことは、タリアから以前に手紙で知らされている。
アントンは弁護士であり、リッポネンの弁護を引き受けていたが、タリアは父親の死後三週間もたってから、なぜ、リッポネンにアントンが弁護をしていたかなどと訊いたりしたのか。
彼女の言葉に何かの理由が隠されていたのだろうか。
神谷にはタリアの行動が不可解に思えてならなかった。


それに、一つ思い出すことがあった。
タリアの勤めていた職場の同僚の話だ。
二十四、五歳のその女性はタリアの死を悼み、亡き友をこう語った。
「タリアが会社を辞めると言い出したのは突然のことだったわ。お父さんを交通事故で亡くして半月ほど会社を休み、久しぶりに顔を見せたと思ったらその日に辞職を申し出て会社を辞めてしまったんだもの。
タリアはここで働いて二年になるわ。
美人で朗らかで、特にここは旅行社だから彼女のような人柄だと接客業にはぴったりだったの。それなのに、急に辞めるんだもの。
本当に残念だったし、びっくりしたわ。
あれから四ヵ月後に、今度は彼女がアムステルダムで殺されたっていうでしょう。
かわいそうなタリア…」
神谷は窓の向こう側に拡がる闇を見続けていた。


ガラス窓には、車内灯に照らされた神谷の顔が映っている。
二重のまぶたはほとんどまばたきもせず、うつろな視線は遠くの闇に向けられたままだった。
タリアが会社を辞めたこととアントンが亡くなったことが何か関連があるのだろうか。タリアはアントンが亡くなってから二週間後に退職している。
なぜタリアは会社を辞めたのだろう。
あるいは、そうしなければならない理由があったのだろうか。
そして、会社を辞めて一週間後にリッポネンに面会している…。
神谷はタリアが会社を辞めた前後の行動を頭に描き、彼女の心理を探ろうとした。
絡まった推理の糸は互いに引き合い、もつれ合っていたが、やがて神谷はある事実に気がついた。


それはアントン・コッコネンの存在だった。
タリアの行動はアントンに起因しているように思えるのだった。
アントンが交通事故で死亡した二週間後にタリアは会社を辞めている。
その一週間後にリッポネンに面会。
しかも彼女はアントンのことを尋ねている。
なぜだ! タリアはアントンのことを調べていたのだろうか。
だが、もしそうなら、彼女が自分の父親を調べたりする理由は!?
暗い窓に映った顔が亡霊のように青白くなった。
神谷は一瞬、体を震わせた。
タリアの不可解な行動の理由をアントンに求めるなら、そこから導き出される答えは一つしかない。


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