2005-07-01から1ヶ月間の記事一覧

第34章その2

(第34章その2) 薄暗い裸電球が頭上でかすかに揺れている。 アドルフにタリアとアントンの行動がわかること自体が矛盾しているんだ。 俺はそのことにもっと早く気がつくべきだった…。 だが、アントンとタリアを殺した犯人がアドルフでないなら、誰が彼ら…

第34章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第33章その6

(第33章その6) 神谷が去った後、アキは二ヵ月前の地獄の苦しみを記憶に甦らせていた— それは、神谷がアキの前に初めて現われて二週間目のことだった。 アキは麻薬の売人としての鉄則を自ら破り、麻薬をやったのだった。 一度目は天国の快楽が彼を夢心地…

第33章その5

(第33章その5) 「連中にいろいろと当ってみたよ。やっぱ、俺の言ったとおりだった。連中の中にアドルフを知ってる奴がいたんだ。そいつに聞いたんだが、アドルフは絶対に麻薬を自分でやったりしないはずだと言っていた。 アドルフ自身、俺は薬を売って…

第33章その4

(第33章その4) そこまで言ってから、神谷はあっと叫んだ。 「アドルフは殺された!? まさか、いや、だが、そうだとすればなぜだ」 そう言う神谷の胸は、今まで考えても見なかった事実を突きつけられ、早鐘を打ち始めた。 「そこから先は、あんたの推理で…

第33章その3

(第33章その3) 神谷が喋っている間、一言も口をはさまず黙って耳を傾けていたアキだったが、神谷が話し終えると大きく吐息をつき、 「感心したぜ、あんたには。たいした男だよ」 と素直に神谷の行動力をほめた。 「それだけのことだ。だが、それだけじ…

第33章その2

アキは驚いた口ぶりでそう言うと、神谷の正面に腰かけた。 「奴はタリアを殺したすぐ後で、ストックホルムの海で溺れ死んだんだ」 「自殺か?」 神谷は苦々しく首を振った。 「いや。事故だったらしい。誤って海に落ちたって話だ」 「ふーん。犯人が死んでい…

第33章その1

(第33章その1) 翌日、神谷は旅行社へ行き、日本への帰国手続きを済ませた。 ロシア通過ビザ取得に日数を要すため、ヘルシンキを発つのは十日後の十一月二十五日となる。 モスクワ行きの汽車が出るのは午後一時だ。 帰国日が決まり、だんだんとその日が近…

第32章その2

第32章その2) ― 「もっと強く、抱いて」 神谷は、弓なりに体をそらす彼女を、ベッドに押しつけるようにして、深く入っていった。 快感が頂点に達しようとすると、強引に体を離し、彼女の体を乱暴に動かし体の向きを変えた。 何度も同じことを繰り返した…

第32章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第31章その3

(第31章その3) 警部に促がされて車の内部を確かめたクロンペンは、車が盗難にあう前とほとんど変わっていないことを証言した。 変わった点は、シートに浸みついた尿と血こんの跡、それにカーステレオのダストカバーに挿入されてあったミュージック・テ…

第31章その2

(第31章その2) 「私の見た限りでは、この五ヵ月間一度だって動いちゃいないよ。その前には何度か使ってたみたいだがね」 「その前?」 「いつだったか、一度見たことがあるんだけど。男がこの車に乗って出て行くところを」 「どんな男でした」 警部は慌…

第31章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第30章その4

(第30章その4) 神谷は、体中から力がすーっと抜けていくのを感じた。 地の果てまでも追いつめる! その相手が、五ヵ月も前にあっけなく死んでいたなんて。 夢にも思い浮かばぬことだった。 だが、現実に、アドルフ・グレーペは死体となって目の前に安置…

第30章その3

(第30章その3) いつの間に戻ってきたのか、先ほど写真を持って部屋を出ていった警官が刑事の横に立っていた。 「ちょっと確認してもらいたいことが起きたので」 「確認…?」 神谷は不安な眼差しで刑事を見つめた。 「まだ、はっきりとは断定できないが……

第30章その2

(第30章その2) 一年前の六月以降にアドルフを見た者がストックホルムにいないのはなぜだろうか。 あのドイツ人は、アドルフをストックホルム行きの船の中で見たと言った。 船はコペンハーゲンからストックホルムまでノンストップだ。 それなら、アドル…

第30章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第29章

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第28章その3

(第28章その3) 「九年前にこの町を出たきりなの。あー、どしたらいいの。せっかく、せっかくあの子の父親が見つかったというのに」 神谷は唇をかんだ。 〈だめか。くそっ、ここまできて、アドルフの居所を知っている者がいないなんて、だが〉 「誰か、…