2005-01-01から1年間の記事一覧

第42章及び43章(完)

第42章十一月二十四日午後六時、神谷はクオピオ警察署において担当の刑事を前に、ハッカネンが自殺するに至った状況を淡々とした口調で語っていた。 刑事の書いた調書に署名を済ませ、神谷が署を出たのは七時間も後であった。 その間、ハッカネンの死が神谷…

第41章その5

(第41章その5) 神谷は身をこわばらせ、両膝に指をくい込ませた。 撃たれる、そう思うと、自分が何の防御もせずにここへ来てしまったことが悔やまれてならなかった。 危険を考えるよりも復讐することで頭がいっぱいになり、みさかいもなく敵地へ乗り込ん…

第41章その4

(第41章その4) ハッカネンは顔色を変えるふうもなく、自分の名を出されたことに反発もせず、沈黙を守っていた。 まるで固い大きな岩のようだった。 そんなハッカネンを、神谷は冷めた眼でじっと見つめていた。 神谷の瞳にはもはや憎悪の色は消え、やり…

第41章その3

(第41章その3) 神谷は一瞬、ハッカネンから眼をそらし、宙をみつめた。 タリアを殺した犯人をついに追いつめた。 でも、それだけのことじゃないか。 タリアは、彼女は、もう戻ってきやしないんだ。 神谷は唇をかみ、再び視線をハッカネンに戻した。 神…

第41章その2

(第41章その2) 「どうぞ」 ハッカネンは、その四角ばっためったに物に動じることのないと思われる厳しい顔にうっすらと笑みさえ浮かべ、神谷を部屋へ通した。 神谷は、ハッカネンの落ち着き払った背に視線をすえ、彼の後について中へ入っていった。 デ…

第41章その1

第41章その1 十一月二十四日午後二時。 神谷はヘルシンキ空港に着くとすぐ、クオピオ行きの国内線に乗り換えた。 神谷は、自らつかんだ決め手をハッカネンにぶつける決心でいた。 〈タリア。俺は、お前の命を奪った犯人を俺自身の手で追い込む。奴は、ハッ…

第40章その3

(第40章その3) ストックホルム着は九十分後だった。 「ストックホルム・セントラル、フレイガタン通りのグスタフホテルへ」 午前九時二十分、神谷はホテルの玄関前でタクシーを降りた。 フロントでオルガソンの部屋を聞く。 七六六号室。 ブザーを神経…

第40章その2

(第40章その2) 神谷は顔を輝かせた。 〈そうか、忘れていた。アランド島へ行く船も嵐で遅れたんだった。大雨が降っていれば誰も甲板に出て来やしない。 ハッカネンはその機会を十分に利用したんだ。アドルフを海に突き落とすのは、何も危険なことではな…

第40章その1

第40章その1 十一月二十三日午後六時、神谷はようやく目ざす男の居所をつきとめた。 男は、ドライアイヒ市スプリンゲン通りの安酒場のカウンターで、ビールを浴びるようにして飲んでいた。 神谷はハッカネンを打ち崩せる自信があったわけではない。 だが、…

第39章その3

(第39章その3) 「一人いたわ。刑事さんがさっき話した男の特徴に似ているわ。 三十代半ば、金髪だったと思う。 うーん、妙だけど、あの男のことはよく覚えてるの。 わりとハンサムで、好みのタイプだったんだけど」 自身の身体にしみやくすみが出来てい…

第39章その2

(第39章その2) 警部は席をたち、窓辺に近寄った。 視線を北の方へ向けると、運河沿いの一角に男たちがたむろしている光景がかすかに見える。 娼婦街、『飾り窓の女』のいる通りだ。 数分間、物思いにふけりながらじっとその通りに視線を注いでいた警部…

第39章その1

第39章その1 バンヘルデン警部が娼婦街を探り始めたのは、彼のほんの思いつきから出たことだった。 ユトレヒト市内外を隅から隅まで捜査したにもかかわらず、犯人は網にひっかからない。 刑事の中には、犯人はどこかへ雲隠れしたのではないのかと考えるもの…

第38章その2

(第38章その2) ハッカネンをタリア及びアントン殺害の犯人として追い詰めるにたる証拠をつかめないでいる今、神谷にはなぜかアドルフ殺しを解決することがハッカネンを追い詰めることにつながるように思えるのだった。 そして、アドルフ殺しの犯人はハ…

第38章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第37章その2

(第37章その2) 「アドルフの父親だって!?」 アキは写真を手にしたまま、驚きを声に出して言った。 それに答えるように、神谷は、昨晩クオピオへ行きハッカネンのアリバイを調べ、たった今ヘルシンキへ戻ってきた経過をたんたんとした口調で話した。 「…

第37章その1

第37章その1 午後四時二十分、神谷はヘルシンキ空港に到着するや、シエキネンに電話を入れた。 その結果、ハッカネンは六月十一日午前十一時三十分発アムステルダム行きの便に乗っていることがつかめた。 だが、そこまで辿り着いた時、神谷は、今まで張りつ…

第36章その3

(第36章その3) 短い滑走路が一本あるだけのローカル空港で神谷が調べたことは、六月十一日クオピオ発ヘルシンキ行きの飛行機にハッカネンが搭乗していたか否かであった。 最初に、調べてもらおうと頼んだときにはあっさりと断わられてしまった。 だが、…

第36章その2

(第36章その2) 次に神谷が訪ねたのは、ハッカネンの住んでいるユバスミナ通りであった。 そこは湖の近くにある通りで、一軒家が建ち並んでいる。 神谷はユバスミナ通りの住民を次々に訪ねて回った。 どうせ今夜になれば、日本人がハッカネンのことを聞…

第36章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第35章その3

(第35章その3) アドルフ・グレーペの父親がわかった。 警察署長のハッカネン。 そのハッカネンがタリアを、そしてアントンを殺したのだ。 とうとう犯人をつきとめることができた。 ハッカネンが犯人であるとわかった時、最初、神谷はそのことしか頭にな…

第35章その2

(第35章その2) マスターは神谷の言葉に何か思案しているふうであった。 「クルマライネンはあそこへはいってない。あれは俺と同じで、肺が悪いんだ。結核だ。こう寒いと、皆、胸をやられちまう。まあ、それで軍隊には入れなかったんだ」 「それじゃ、ハ…

第35章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第34章その3

(第34章その3) 一つの矛盾が解ければ、その次の矛盾を解くのにたいして時間はかからなかった。 矛盾を解く鍵を見つけると、神谷は部屋の中央に仁王立ちになった。 怒りと執念に満ちた眼で壁の一点をにらみつけ、歯をくいしばり、こぶしを宙に突き上げた…

第34章その2

(第34章その2) 薄暗い裸電球が頭上でかすかに揺れている。 アドルフにタリアとアントンの行動がわかること自体が矛盾しているんだ。 俺はそのことにもっと早く気がつくべきだった…。 だが、アントンとタリアを殺した犯人がアドルフでないなら、誰が彼ら…

第34章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加…

第33章その6

(第33章その6) 神谷が去った後、アキは二ヵ月前の地獄の苦しみを記憶に甦らせていた— それは、神谷がアキの前に初めて現われて二週間目のことだった。 アキは麻薬の売人としての鉄則を自ら破り、麻薬をやったのだった。 一度目は天国の快楽が彼を夢心地…

第33章その5

(第33章その5) 「連中にいろいろと当ってみたよ。やっぱ、俺の言ったとおりだった。連中の中にアドルフを知ってる奴がいたんだ。そいつに聞いたんだが、アドルフは絶対に麻薬を自分でやったりしないはずだと言っていた。 アドルフ自身、俺は薬を売って…

第33章その4

(第33章その4) そこまで言ってから、神谷はあっと叫んだ。 「アドルフは殺された!? まさか、いや、だが、そうだとすればなぜだ」 そう言う神谷の胸は、今まで考えても見なかった事実を突きつけられ、早鐘を打ち始めた。 「そこから先は、あんたの推理で…

第33章その3

(第33章その3) 神谷が喋っている間、一言も口をはさまず黙って耳を傾けていたアキだったが、神谷が話し終えると大きく吐息をつき、 「感心したぜ、あんたには。たいした男だよ」 と素直に神谷の行動力をほめた。 「それだけのことだ。だが、それだけじ…

第33章その2

アキは驚いた口ぶりでそう言うと、神谷の正面に腰かけた。 「奴はタリアを殺したすぐ後で、ストックホルムの海で溺れ死んだんだ」 「自殺か?」 神谷は苦々しく首を振った。 「いや。事故だったらしい。誤って海に落ちたって話だ」 「ふーん。犯人が死んでい…