第33章その5

(第33章その5)


「連中にいろいろと当ってみたよ。やっぱ、俺の言ったとおりだった。連中の中にアドルフを知ってる奴がいたんだ。そいつに聞いたんだが、アドルフは絶対に麻薬を自分でやったりしないはずだと言っていた。
アドルフ自身、俺は薬を売っても自分ではやらない、と口癖のように言ってたらしい。それが売人のプロだなどとうそぶいていたということだ。
これであいつの意志で麻薬をやったんじゃないってことは裏づけられるんじゃないのか。あんたの方はどこまで進んだんだ?」
アドルフは船から海に突き落とされたとする推理を、神谷はアキに説明した。


「だが、アドルフが殺される理由が俺には皆目見当がつかない。事件に関係しているんじゃないかと考えてみたが、アドルフを殺そうとする人物なんか一人もいやしない。
奴を殺したいと思っている者は、俺の他にいるわけがない。
誰もそんな者はいやしない!」
テーブルに置いた両手をぎゅっと握りしめ、怒りで声を震わせながら神谷は言った。
アキは腕組みをしたまま、何かを考えている。
二人ともすぐには口を開こうとしなかったが、アキが腕組みを解き、唐突に言った。
「帰国まで、あと何日あるんだ」
「五日だ」


「五日か。無理かも知れんが、やってみるんだ。あんたの頭でなら、きっと何か出てくる。今までに見落としていた事実が浮かんで来ることだってある。
アドルフが殺されたのは事件にからんでのことだ、そう仮定してせいいっぱい頭をひねるんだ。
もし、事実そういう結果になれば、タリアを殺したのはアドルフだと証明できるかも知れない。アドルフを殺した奴が何か知っているはずだ。そいつの口を割らせればいい」
「今もそれを考えていた。でも、結局は無駄だ」
神谷の口から、しぼり出すようなため息がもれた。
いきなりアキが立ち上がり、神谷の肩を両手で力強くつかんだ。
「もう一度やってみるんだ。ともかく、あと五日ある。あんたならきっとできる」
神谷は体を起こし、アキと向い合った。


アキはうなずき、サングラスを外した。
神谷が素顔のアキを見たのは、これが初めてだった。
濁りのないまっ黒な瞳がギラギラと輝き、神谷の視線をまっすぐにとらえている。
神谷は、アキの瞳が何かに燃えているのを感じとった。
「わかった。やってみる。たとえ結果が無駄に終わっても、五日間はとことん俺のすべてを出し尽くしてやる」
「うすうす気づいていたと思うけど、俺も実は売人をやっていたことがあるんだ。あんたがノールコピングに来た時、俺はあんたにアムステルダムへは新しいデザインを仕入れに行ってたと言ったけれど、本当は新しい麻薬を仕入れに行ってたんだ」
「…」
「でもあんたのおかげで、俺、まっとうな人生を送る決心がついたよ」
「うん、それでいいんだ。それが一番いい」
アキが右手を差し出し、神谷はその手を両手でつかんだ。
固い握手だった。


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