第39章その3

(第39章その3)


「一人いたわ。刑事さんがさっき話した男の特徴に似ているわ。
三十代半ば、金髪だったと思う。
うーん、妙だけど、あの男のことはよく覚えてるの。
わりとハンサムで、好みのタイプだったんだけど」
自身の身体にしみやくすみが出来ていやしないかと、入念にチェックしながらリサは語り始めた。
黒いビキニの下着からはみ出た白い尻が、わいせつで挑発的だった。
警部は慌てて視線をそらすのだった。


「タイプなもんだからせっかくこっちが気分を出してるのに、相手はインポじゃない。なんだか馬鹿らしくなって」
「その男をののしってやった」
リサの言葉をついで、警部は言った。
「そうなの。頭にきて、そいつをさんざ馬鹿にしてやったわ」
「どういうふうに」
リサは警部の方に向き直り肩をすくめて、口元にうす笑いを浮かべた。
「ちょっと言いすぎたかも知れないわね。こう言ってやったの。インポ、あんたなんかとやろうなんて物好きな女は一人もいやしないわ。
自分一人ででもできないなんて、みじめな男」
「ずいぶん酷いことを言ったもんだ。で、男は君に乱暴しなかったかね」


「しようとしたわ。出て行けって言ってやったらものすごく怖い顔をして、狂ったみたいな気持ち悪い目でにらみ返してきたわ。
そして、急にとびかかってきて、首をしめようとしたわ。だから、あいつの急所を蹴り上げてやったの。いいざまだったわ。
あそこを押さえて逃げていったわ。みっともないったらなかったわ」
「それはいつごろのことかね」
「うーん、今年の一月ごろだったと思うわ」
警部はうなずいた。
娼婦街をあたってみようと思いたったのは幸運だった。
リサのところへ来た男を本命とみて間違いあるまい。
あとは、リサが男についてどれだけのことを知っているかだ。
警部は掌に吹き出した汗をズボンにこすりつけた。


「男がインポだとわかる前は、なにか話でもしたんだろう?」
「そりゃ、話ぐらいするわよ」
「聞かせてもらえないか? どんな話だったのか」
リサは警部のそばへ近づき、片眼を閉じてみせた。
「お安い御用よ。話したことといったらほんの二言だけなんだから。どこに住んでるの、何をしてるの、それを聞いただけ」
「それで、男の答えは?」
ユトレヒトに住んでるっていってたわ。わたしもこの仕事をやる前はそこに住んでたのよ。こう見えてもさ、銀行に勤めてたのよ、二流の銀行だったけど。
もう五年も前のこと。
誰もそんなこと信じてくれないよね」
「それで、男は何をしてるって?」
リサの身の上話を聞いている余裕はなかった。
警部はリサに話の続きを促した。


「わたしの身の上話なんか聞いてもつまんないわよね。いいのよ。娼婦の過去なんか聞いても役にたちゃしないからね。そうね、男が何をしてたかだったわね。工場で働いてるって言ってたわ」
「それは、どんな工場で?」
「うーん、思い出せない」
「ガラス工場とか靴を作っているとか」
「違うわ、そんなんじゃなかった。何かを作ってるんじゃなくて、修理してるって言ってたわ」
「修理? たとえばラジオの修理だとか、家具の、車の」
「それ、それよ、あいつは車の修理工場で働いてるって言ってたわ」

(第40章へ)