第39章その2

(第39章その2)


警部は席をたち、窓辺に近寄った。
視線を北の方へ向けると、運河沿いの一角に男たちがたむろしている光景がかすかに見える。
娼婦街、『飾り窓の女』のいる通りだ。
数分間、物思いにふけりながらじっとその通りに視線を注いでいた警部は、何事か決心したようにさっとカーテンを引いた。そして、
「何かつかめるかも知れん」とつぶやいた。


娼婦街を調べるにあたって、警部はユトレヒトをその捜査範囲に入れなかった。
犯人が凶行を犯しているのはアムステルダムにおいてであり、犯人が娼婦との性交渉をもとうとしたのも地元ユトレヒトではなくアムステルダムであっただろうと考えたためだった。
もし、アムステルダムにあるいくつかの娼婦街に犯人が足を踏み入れていなければ、その時はユトレヒトを調べてみればいい。
手ごたえがあったのは、警部が娼婦街を探り始めて四日目の夜、十一月二十三日のことだった。
前日までに二つの娼婦街を調べ終え、その夜は警部にとって三つ目の娼婦街だった。
それまでに会って話を聞いた娼婦の数は四十にのぼっていた。


その娼婦リサのいる通りは、ダム広場から東へわずか二百メートル離れた場所にあった。
通りの始点にあたる場所の右側にはオールナイトのレストランがあり、娼婦との一戦を終えたばかりの連中が自身の物より二回りは大きいであろうソーセージを口にくわえ込んでいる。
左側にはポルノショップが小さな入口を開けている。
中に人影はない。
通りの両側に飾り窓は三十あった。
幾人もの男が、大半は観光客であるが、娼婦が媚態を見せる窓をニヤニヤ笑いながら行ったり来たりしている。


リサは、黒髪をカーリーヘアーにしたどこか野性的でエキゾチックな感のする女だった。
細い長身と長い脚。
黒のブラジャーと黒のガードル、そして黒のブーツといった格好。
バンヘルデン警部は女に警察手帳を示し、身分を明らかにしてから用件をきり出した。
「これから尋ねることは性的な質問になるが、ある重大事件を解く鍵になるかも知れない、非常に重要な質問なんだ。ぜひ協力して欲しい」
「役に立てるかどうかは、わかんないわよ」
リサはそう言うと、警部を部屋の中へ入れた。
「実は、男を捜しているのだが、男の人相は金髪で三十代。どうやら男は不能らしい、とそんなことしか分かっちゃいない。
君が相手にした客の中に、そんな男がいなかったか教えてくれないか。
やぶから棒の話だが、たとえば、男性器を使わず他の器具で代用したりする不能者はいなかっただろうか」


「そうね…」
と言って、リサは揺り椅子にもたれかかった。
長い脚を組み、片手を顎の下に持っていき、つかの間、記憶をたどっているふうであったが、
「そうね、インポの連中ときたらたいていはゴムでできた器具を使うわ。あたいのあそこに、それをこんなふうに押し込もうとするのよ」
リサは手で動きを示して、いやそうに顔をしかめた。
「そういう客はどれくらい来る?」
「うーん。月に一人かそこいらね」
「年は?」
「五十過ぎの連中が多いわ、ああいうのは」
「五十以下でそんな客はいないかね」
リサは思い出すかのようにゆっくりと大きくうなずき、揺り椅子から降り立ち、等身大の鏡の前に立った。


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