第40章その3

(第40章その3)


ストックホルム着は九十分後だった。
ストックホルム・セントラル、フレイガタン通りのグスタフホテルへ」
午前九時二十分、神谷はホテルの玄関前でタクシーを降りた。
フロントでオルガソンの部屋を聞く。
七六六号室。
ブザーを神経質に何度も押す。
中年の男がドアのすき間に眠そうな顔をのぞかせる。
「ミスター・オルガソン?」
「イエス
男はとまどいながらうなずいた。


「六月十二日のことですが、あなたはコペンハーゲンストックホルム間の船に乗っておられましたね? 嵐のあった日です。
ええ、海が大時化だった日です。
その時、この二人をあなたのカウンターで見かけなかったですか」
神谷は二枚の写真をオルガソンの手に押しつけた。
一枚はハッカネンの、もう一枚はアドルフの写っている写真だった。
オルガソンは記憶を呼びさますように交互に写真を見比べていたが、
「たしかに見たよ。でも、こっちの方はもっと年をとっていたと思うが。三十は十分に越えてたんじゃなかったかな」


神谷は、アドルフの写真が十年以上も前に撮られたものであることを説明した。
いずれにせよ、バーテンダーはアドルフとハッカネンが船の中で一緒にいたと証言している。
バーテンダーが彼らの姿を覚えていたのは、六月十二日が嵐であり、アドルフとハッカネンがフィン語とドイツ語を互いに混じえて喋っていたからであった。
もし彼らがドイツ語だけで喋っていたなら、恐らくバーテンダーの記憶にとまっていなかったであろう。
「妹がね、フィン人と結婚してるんだ。だから、フィン人には特に親近感がわくんだよ。この二人のことはよく覚えている」


トラック運転手とバーテンダー
少なくとも二人の人間が、アドルフとハッカネンが船の中で一緒にいた姿を目撃している。
証人としてはこれで十分だ。
アドルフが海に落ちたのは死亡時刻から逆算して、それが船上からであったことも証明できる。
あとは、アドルフが海に落ちたのは事故ではなく、誰かに落とされたものであることを証明すればよい。
これは、アドルフが自らの意志で麻薬を飲んだのではないことを実証できればよい。
アドルフをよく知っている連中の証言でそれは実証できるだろう。
これら三つの事実をもとに、ハッカネンのアドルフ殺しを証明することができる。
これだけ決め手がそろえば、アドルフ殺しの容疑でハッカネンを訴えられる。
そして、アドルフ殺しからタリアを殺害した一件まで、すべて泥を吐かせてやる!
くそっ、ハッカネン、お前の犯した罪は俺がこの手で必ず償わさせてやる!


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