第41章その1

第41章その1


十一月二十四日午後二時。
神谷はヘルシンキ空港に着くとすぐ、クオピオ行きの国内線に乗り換えた。
神谷は、自らつかんだ決め手をハッカネンにぶつける決心でいた。
〈タリア。俺は、お前の命を奪った犯人を俺自身の手で追い込む。奴は、ハッカネンは許せない。奴の口から、お前を殺害した事実を白状させてやる!〉
黒い瞳に復讐の炎を燃えあがらせ、神谷は窓外に拡がる灰色の雲を見つめていた。
無意識のうちにも体が震え、指先は両脚に深く食い込んでいた。
緊張で、口の中がからからになっていた。
機内の神谷は、ハッカネンと対決することは彼自身の生命をも奪われる危険があるなどとは考えもしていなかった。
いかにしてハッカネンを白状させるか、そのことで頭の中はいっぱいだった。
自身の生命を心配するよりも、犯人を追い詰めることしか心になかった。


雪に埋もれたクオピオ空港のロビーから、神谷は警察署へ電話を入れた。ハッカネンを呼び出した。
「クオピオ事件についてあなたに話したいことがある。空港まで来てもらえますか」
神谷の声はうわずった震え声になっていた。
ハッカネンはすぐには答えなかった。
数秒の沈黙の後、重く低い声が神谷の耳に伝わってきた。
「四時半まで待つというのなら会ってもよいが…。いいだろう。それじゃ、キヴィコホテルのロビーで待っていていただきたい」


人のまばらなローカル空港のロビーで神谷が落ち着かなげに時間を待っているころ、クオピオ警察署署長室ではハッカネンが固く組んだ両手を机の上に置き、考えにひたっていた。
やがて、壁時計が四時を告げると、ハッカネンは紺の制服を私服に着替え、その上に厚いウール地のコートを着込んだ。
そして、机の抽出から銃を取り出し、それをコートの右ポケットに入れた。
約束の時間より五分早く、神谷はキヴィコホテルに着いた。
これからいよいよハッカネンと対決するのだと思うと、心臓の鼓動が早鐘を打つように高まった。
入口の回転ドアに目をやり、人が入ってくるたびに、どきっとして身体をこわばらせた。


時計の針が四時半を指した時、フロントで電話が鳴った。
フロントマンが電話に応対する声が神谷の耳にもかすかに聞こえてくる。
やがて、受話器が置かれ、フロントマンの足音が近づいてくる。
「失礼ですが、あなたはミスター・カミヤ?」
神谷が相手の顔をじっと見ながらうなずくと、
「四階の四〇六号室でハッカネン様があなたをお待ちです」
フロントマンは言うと、神谷をエレベーターのある場所へ連れて行った。
「四〇六号室でございます。降りて左側の通路の四番目の部屋です」
エレベーターは四階で止まり、神谷は降りた。


ハッカネンの部屋は、すぐにわかった。ドアの前までくると、神谷はそこでしばらく立ち止まった。
コートのポケットから両手を出し、こぶしをぎゅっと固め、唇に当てた。
大きく三度深呼吸した。胸が今にも破裂しそうなほど早鐘をうっている。
右手の甲をドアに向ける。一瞬ためらったが、心を決めたように強くノックした。
数秒後、ドアは静かに内側にひかれた。


(第41章その2へ)