長編小説(推理小説)「タリア」第2章その3

長編小説(推理小説)「タリア」第2章その3


バンヘルデン警部らがアムステルダム警察本部に着くと、連続殺人特別捜査班の全員が顔をそろえていた。
連続殺人特別捜査班。耳慣れぬ言葉だが、四月中旬に三人目の犠牲者が出るにおよび、急遽、特別に設置されたのである。殺人課に籍をおく十九人の刑事の中から四人を残し他は全員、この特別捜査班に組み入れられたのであった。捜査の指揮はバンヘルデン警部がとっていた。
さっそく、捜査会議が開かれた。
バンヘルデン警部は低いがよく通るしっかりした声で、臨場してきたばかりの現場状況を説明した。
警部以下十四名の刑事の中で誰一人として今回の殺人を連続殺人と切り離して考えようとする者はいなかった。
五人の女性は絞殺か扼殺かの違いはあっても、五人ともに性的な暴行をくわえられたうえで絞殺されており今度の女性の場合も、解剖結果を待たねば断定はできないが、暴行されたうえに絞め殺されたであろうことは明白であった。

最初の被害者。マリエ・デ・ボン。
二十二歳。銀行員。二月五日午前六時、ニーウェンダム地区運河で発見。死亡推定時刻は二月三日の夜間。暴行された後、扼殺される。犯行現場は判明せず。運河底から被害者のバッグは見つかるも、盗難品はなし。

二番目。アイメ・ブロワンス。
二十四歳。デパート店員。化粧品売場担当。三月八日夕刻殺害される。死体発見は同日深夜零時ごろ、ニーウェンダム地区運河にて。扼殺。身元は、新聞報道により三日後に判明。被害者の下着類は死体発見現場から一キロ離れた公園内で見つかったが、犯行現場は判明せず。死後、暴行をくわえられている。

三番目。エリサ・エルマンス。
十八歳。五人の被害者の中で最年少。ティーンエイジャー向きブティック勤務。四月十九日午後十一時、オーストザーン地区運河で発見。死亡推定時刻は死体発見の二時間前。扼殺。被害者の顔面には、犯人に殴打されたと思われる傷跡が十六ヵ所あり。犯人の狂暴化が指摘される。

四番目。エルザ・モーエンス。
三十二歳。無職。五月二十二日夜、ディエメン地区運河で発見。死後一週間経過。絞殺。首に十数条の針金らしきもので絞めた跡あり。被害者の下腹部より、刃渡り十三センチの果物ナイフが摘出される。エルマンスの場合と同じく、犯人の凶暴性が顕著に表れている。

五番目。キティ・ションク。
二十一歳。市職員。オスドルプ地区運河で六月九日早朝発見。死後六時間余り経過していた。犯行現場は判明せず。被害者の首には男もののネクタイが巻きつけられ、死因は絞殺による。ネクタイは市販のもので、紫色の地に赤い蝶の模様がプリントされている。

五人の犠牲者の殺害状況を要約すると、次のとおりである。
一、五人の被害者はいずれも女性であり、性的暴行を受け、絞殺もしくは扼殺されている。
二、死体発見場所は、いずれもアムステルダム市内外の運河においてである。
三、被害者の服、下着類および所持品などは、すべて、死体発見現場近辺の運河底から見つかっている。唯一の例外は、二番目の被害者の下着が現場から一キロ離れた地点で発見されていること。
四、全裸状態で発見された被害者は二番目および五番目で、他は服を身につけた状態で見つかっている。
五、犯人の残した遺留品は五番目の被害者の首に巻きついていたネクタイ。及び、四番目の被害者の下腹部から摘出された果物ナイフ。
六、死後に暴行をくわえられた被害者一名。
七、犯人の精液は被害者の体内より検出されず。

以上の状況から、次のことがらが推測されていた。
一、婦女暴行殺人といった犯罪性から判断するに、犯人は当然男であり、過去の同種の犯罪と照合すると、単独犯行と考えるのが妥当。
二、犯人は車を使用している。死体が運河で発見されていることから、犯人は他の場所あるいは車中で犯行をなし、死体を運河に捨て去るのに車を使用していると推測される。

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