長編推理小説[タリア」第4章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「一番面白く読んだのはこの作品だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加筆訂正しております。物語は日本人青年がアムステルダムで殺害されたフィンランド人の恋人タリアの死に疑問を抱き、北欧を舞台に謎を解いていくという小説(推理小説)です。


長編推理小説「タリア」第4章その1


ヘルシンキに住む友人へ手紙を出して十日目の八月四日、ついに返事が戻ってきた。
十日、神谷にとっては何ヵ月も待ったかと思えるほど長い十日間だった。
赤と青で縁取りされた封筒。
それを手にしながら、神谷は封を切るのをためらった。
〈やはり、彼女は俺との結婚を取り止めようと考えているんじゃないだろうか。でも、俺のどこが嫌いになったと言うのか。
あるいは他に好きな男でもできたのか。
わからないじゃないか。なぜ、黙ってるんだ。今まで、二人の間に隠しごとなどあったためしは一度だってなかったのに。
タリア、お前を俺はこんなに愛してるのにどうしてなんだ。
なぜ、何も言ってくれないんだ…〉
いらだちと不安の入りまじる中で、彼は封を切り一枚の便せんを手に取った。
死。殺人。アムステルダム…。
それらの文字が目に飛びこむのと同時に、神谷の心臓は大きく鼓動をうち始めた。
死体。連続殺人。アムステルダム運河。警察…。
断片的な文字が頭の中を飛びかい、不安がいっきにふくれあがった。
神谷は手をぶるぶる震わせ、手紙に目を走らせた。

『手紙で依頼された件、君はすでに知っているものと思っていた。
俺は一年間の留学生活を終えたばかりで、今月末には帰国の予定だ。
大学へ戻ったら君とつのる話をしたいと思っていたんだ。できるなら、俺の口からこんなことを君に知らせたくない。
君の婚約者、タリア・コッコネン嬢は六月十三日、アムステルダムの運河で死体となって発見されている。日本でも連続殺人のニュースは伝わっていると思うが、彼女はこの連続殺人の犠牲者として殺害された。
警察は犯人を追っているがいまだ捕まってはいない。
君がこの手紙を読んだ時のことを考えると俺はつらい。何と言えばよいのかまったくわからない。
どうか気を落とさないで欲しい。
倉田 俊』

畳の上に落ちた手紙を、神谷は焦点のさだまらない瞳で、まばたきもせず見つめていた。あまりに突然の出来事に、悲しみすら感じられなかった。
恋人の死という悲報に、心をどう反応させればよいのかわからなかった。
足元の手紙をぼんやり見つめたまま立ちすくんでいた。
やがて、放心状態からさめ、我に返ると、手紙を拾い上げそれを読み返した。
そこに書いてあることがどうしても信じられなかった。信じたくなかった。
神谷は唇をかみしめ、手紙を両手の中でくしゃくしゃに丸めた。
「そんなことって、そんなことってあるか!」
吐き捨てるように言うと、神谷は押入から新聞の束を引きずり出した。
指摘された日付のものを探し当てるや、乱暴にページを繰った。
間違いであってくれ!
だが、結果は、
『六月十三日、アムステルダム市内の運河において連続暴行殺人事件の六番目の犠牲者が発見さる。被害者の名はタリア・コッコネン。二十三歳のフィンランド女性で……』
一段の短い記事の中に、神谷は婚約者の名を見つけたのだった。
恋人であるタリア・コッコネンが殺された。
それはまぎれもない事実だった。
手紙に書かれた内容が間違っていることを、ひどいいたずらであることを祈ったが、無駄だった。
「タリアが殺された…」
神谷はそうつぶやくと、薄暗い部屋の中でうずくまり、肩を震わせ嗚咽した。
想像もしなかった残酷な事実に、神谷はうちのめされていた。

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