長編推理小説「タリア」第6章その2

第6章その2)


タリアとずっと一緒にいたメイユなら、タリアのアムステルダム行きの謎を知っているかも知れない。そう思ったからだった。
「タリアがオランダへ行ったのは旅行だったんでしょう?」
期待はいとも簡単に裏切られ、神谷は失望した。
「君もタリアがアムステルダムへ行ったのは単なる旅行のためだった、そう思っているんだね。そして、連続殺人犯に殺されたと」
神谷は連続殺人犯という言葉をわざと強調して言った。
しかし、メイユには同じことだった。
彼女には、神谷が何を話そうとしているのか見当がつかなかった。

神谷は話を続けた。
「タリアは実際には旅行でアムステルダムへ行ったんじゃないんだ。
いいかい。彼女は六月にオランダへ行かなくとも、九月になれば僕と一緒にそこへ行く予定だったんだ。結婚式を挙げてからね。
それなのにどうして、わずか三ヵ月待てば行ける場所へ一人で行ったりするんだ」
神谷はメイユの両肩に手を置き、彼女の瞳を見つめて言った。
どんなことでもいい。彼女を殺した犯人の手掛かりをつかみたいんだ。神谷の目はそう叫んでいた。
しかし、メイユは神谷を見つめ返し、それから視線を落とし、寂しそうに首を振った。
「わからないわ。何も知らないの。タリアがオランダへ行ったことも本当は知らなかったのよ。タリアはどこへ行く時も一度も行先を教えてくれなかったわ。
だから、今度のことだって警察から知らされて初めて、タリアがオランダへ行ってたことがわかったの」
「一度も行先を教えなかったと言ったね。タリアはそんなに何回も部屋を空けたことがあるの?」

メイユはうなずき、
「たびたびあったわ。もちろん、タリアと一緒に住んでからのことしか知らないけれど」
「……」
「旅行に行くからと言って二、三日いなくなっては戻って来て、しばらくしてまた出かける。それの繰り返しだった。
一度なんか五日も帰って来なくて、ひどく心配したことだってあったの」
「その時はどこへ行ってたのか教えてもらったかい」
「聞きはしたけれど、笑って答えてくれなかったわ」
メイユは椅子を後ろにずらし、ラジカセの傍へ行った。
その時、神谷は初めて、メイユが左脚をひきずるようにして歩くのに気づいた。
神谷の視線が自分の足に注がれているのを敏感に感じとったのか、メイユは無理に明るい声で、
「生まれた時からなの。左脚が右脚より少しだけ短いの。でも、ほら、歩くのだって全然平気よ」
神谷はどう言えばよいのかわからなかった。

神谷が黙っていると、メイユは適当にレコードを選び、それをターンテーブルにのせた。
アル・クーパーの泣き叫ぶようなせつない歌声が流れてくる。
『アイ・スタンド・アローン』。
神谷は唇をかんだ。
『アイ・スタンド・アローン』。
タリアと毎晩のように聴いた曲だった。

(第6章その3へ)