「タリア」第14章その2

(第14章その2)



アントンの起こした交通事故。
あれは、仕組まれたものだったのではないだろうか。
交通事故を装った他殺ではなかっただろうか。
突拍子もない推理ではあったが、タリアの行動を解明するにはそう考えるほかない。
「タリアはアントンの死に疑問を抱いた」
神谷は自分自身に問いかけるようにそう言ってうなずき、暗い窓から車内へと目を転じた。
汗ばんだ手を握りしめ、神谷は推理を進めた。
タリアは会社を辞め、アントンの死を調べようとした。
そして、アントンに関係のあった人物を調べ始めた。
彼女がリッポネンに面会したのも、アントンがリッポネンの弁護士をしていたことでうなずける。
あの面会は、リッポネンが刑務所に服役中であることを確認するだけのためだったのではないのか。
だから、アントンはリッポネンの弁護を引き受けていたかなどとわかりきったことを訊いたのではないのか。


リッポネンはアントンの死んだ日には刑務所にいた。
タリアはそれを確認すると、リッポネンをアントン殺害の容疑者リストから消した。同じようにして、アントンと関連のあった人物を次々に調べていった。
タリアはアントンの死を探って行くうちに何かをつかんだ。
アントンを交通事故死させた犯人の手掛かりか何かを…。
神谷は背筋にぞっとする悪寒が走るのを感じた
。脂汗が腋の下から吹き出し、頬がこわばった。
〈タリアが殺されたのは、彼女がアントンの死に疑問を持ち、そのことを調べているうちに真相に辿り着いたから…〉



ヘルシンキに着くや、神谷はロウタサリーへ直行した。
メイユに会って、今すぐ確かめたいことがあった。
午後十一時。メイユはまだ起きていた。
神谷はツルクでリッポネンに会ったことを、汽車の中で彼が推理したことを、興奮気味にいっきに喋った。
「パパが交通事故で死んだのは一月十六日だった。私はバーサに住んでいたけれど、電話でそれを知ったの。タリアが知らせてくれた」
「お父さんはどこで事故にあったんだ」
ヘルシンキでよ。パパの運転していた車のタイヤがパンクしたために街灯に衝突したの。即死だったわ」
メイユは重く沈んだ声で言った。
「お父さんの事故について、その他に知っていることは?」
「タリアが教えてくれたことしか知らない。今話したので全部よ」
アントンの起こした事故について、メイユは神谷が知っている以上のことは知らなかった。
神谷は、タリアからの手紙で事故のことを知ったのだった。


九月三十日。
カリ・リッポネンに会った翌日、神谷はヘルシンキ警察署交通取締課を訪ねた。
ヘルシンキで起きた交通事故の詳細な記録がそこに保管されているのだ。
アントンの起こした事故も、ファイルに一部始終が記録されていた。
事故発生日時、一九七八年一月十六日午後十時前後。
死亡者、アントン・コッコネン。
生年月日、一九二六年八月十四日。
職業、弁護士
住所、バンターンコスキ(ヘルシンキ北部郊外)
死亡者家族への通知、タリア・コッコネン(故人の長女)
事故車、一九七四年型トヨタ・コロナ。ナンバー、H173。
車色、濃緑色。
破損状況、車体前部の大破。
死亡者は胸部を車体フロント部に強打し、頭部は前額部がフロントガラスを突き破り、下半身は座席とエンジン部にはさまれていた。
死因は全身打撲によるもので、ほぼ即死に近い状態。
事故原因は車体右前輪の破裂により、ハンドル操作を誤ったためと思われる。
事故当時、車のスピードは八十キロ前後であったと推察される。
運転者のアントン・コッコネンは酒気を帯びてはいなかった。
事故現場は死亡者の住所から二キロ離れたロウヘラ地区プスタヴ道路上。
事故車はカーブを曲る際に右前輪がパンクしたために、街灯に激突したものと考えられる



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