長編推理小説「タリア」第14章その3

長編推理小説「タリア」第14章その3


以上の事柄が三枚の書類に整然とタイプ打ちされていた。
書類から判断するかぎりでは、アントン・コッコネンの事故は第三者の手によるものとは思えない。
神谷は、事故記録の詳細を頭に叩き込むとともに、タリアがこの事故のどこに疑問を持ったのか考えてみた。
神谷はファイルに記された状況を頭の中に描いてみた。
どこかに不審な点はないだろうか。
車はカーブを曲る際にタイヤがパンクし、それが原因で街灯に激突したとされている。午後十時前後の時間帯。
この時刻には現場付近の車の通行量は数分間に一台の割合である。


記録を見るかぎり、タリアが抱いたと思える不審点はどこにも見あたらない。
神谷は、アントンの運転する車に同乗した時の模様を思い浮かべてみた。
助手席に座ると必ず安全ベルトを着用させられた。
アントンはつねに安全運転を心がけ、それを守っていた。
車の整備と点検に気を抜いたことだって一度もないといっていた。
当然、アルコール類を飲んで運転するなど、皆無だった。
事故現場は自宅への通いなれた道路である。
事故当時、アントンの車が街灯に衝突する様を目撃した者はいない。
事故を第三者が故意に仕組んだものと考えるには無理がある。


しかし、アントンの運転技術などから推して多少の疑問点もあるにはある。
タリアはその疑問点―アントンが交通事故など起こす道理がない―に、アントンの死は誰かが仕組んだ罠と考えたのであろうか。
神谷は、アントンが第三者の手によって事故死させられたとする考えにかなりの抵抗をもった。
交通課のファイルは、アントンの起こした事故を単なる交通事故として処理しているし、それ以外の何かを暗示する表現も見当たらなかった。
しかし、今は、アントンの事故に対する神谷の憶測よりむしろ、タリアの行動がアントンの死に端を発しているのかどうかを判断することの方が重要であった。


アントン・コッコネンの交通事故にはどこにも怪しい点はないように思える。
しかし、それは神谷自身の見解にすぎない。
問題は、タリアがアントンの事故をどのように考えていたかにある。
タリアの行動はアントンの死後に急変している。
半月後に会社を辞め、リッポネンに面会…。
タリアはアントンの起こした事故に疑問を抱き、アントンに関連のあった人物を探った。カリ・リッポネンはその中の一人であった。
神谷は頭の中で推理を繰り返した。


アントンの死を他殺と仮定したなら、タリアの行動を推理する上で矛盾はない。
タリアがクオピオへ行ったのはアントンに関連のある人物がそこにいたからに違いあるまい。そして、タリアがアムステルダムで殺害されたのは…。
もう一度、アントンの書斎を調べてみよう。
あの住所録に、クオピオに住む人物の名が記されているはずだ。
いや、記されてなければならない。


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