長編推理小説「タリア」第14章その4

長編推理小説「タリア」第14章その4


(第14章その4)


バンターンコスキに着いたのは、神谷がメイユに電話をかけてから二時間後だった。
バスを降り、風にざわめく白樺並木を小走りに駆け、神谷は見覚えのある一軒の家の前で足をとめた。
垣根はところどころペンキがはげ落ち、常緑性の芝草は伸び放題に伸びている。
神谷はメイユから借りてきた鍵で玄関の扉を開け、中へ入っていった。
書斎へ入ると、神谷はまっすぐ机のそばへ行き、引き出しから住所録を取り出した。
そこには人名と住所と電話番号が記されている。


神谷は住所の欄にクオピオの地名を探した。
見過ごすことのないよう、一頁、一頁、慎重に文字を目で追った。
五百件にものぼる住所を全部調べ終えるのに三十分近くかかった。
しかし、結果は神谷の予想を外れ、クオピオという文字は住所録には一語も載っていなかった。
神谷はもう一度、住所録を見直した。
結果は同じだった。
アントンの住所録にはクオピオに住む人物は載っていない。
神谷は、この事実をどのように解釈すればよいのかわからなかった。


住所録を手にしたまま、しばらくは身動きもせずに立ちつくしていた。
それから、ようやく気をとり直すと、引き出しを一つ一つ調べ始めた。
アントンとクオピオとのつながりを示す何かが見つかりはしないだろうか。
そう思ってのことだったが、そんなものはどこを探しても見い出せなかった。
引き出しの中には、アントンが弁護を引き受けていた事件に関する書類もいくつかあった。
書類の大半は依頼人の証言や資料や公判記録等で、離婚訴訟を扱ったものもあった。
カリ・リッポネンを扱った内容のものも含まれていた。
だが、どの書類にもクオピオに関係のある人物は出てこなかった。


神谷は書類を元どおりにしまい、椅子の背にもたれた。
自然と、ため息がもれた。
これだけ調べてもクオピオに関連する人物が表われてこないのが不思議に思えてならなかった。
タリアがクオピオへ行った理由はいったい何だったんだ。
タリアはどこから何をつかみ、クオピオへ行ったんだ!?
彼女がクオピオへ行ったのは、アントンがそこに関係があったからと考えて間違いないだろうか。
いや、そうとしか考えられない。
そうでなければタリアの過去の行動が意味をなさない。
ともかく、アントンとクオピオとの関連を見つけねば一歩も先へは進めない。


アントンとクオピオ。
このつながりがわかれば、そこからタリアを殺した犯人が浮かんでくる! きっと浮かんでくる。
神谷はアントンの住所録を手に取った。
彼の心は決っていた。
恐らく、タリアもそうしたであろうように―タリアがアントンとクオピオとの結びつきを探りえたとすれば、それはアントンの知人からもたらされたものと考える他ないから―住所録に記された人物を尋ねる。
それ以外に道はなかった。
その道がどこまでも続く長い道か、あるいは容易に辿りつけるものなのか。


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