「タリア」第16章その2

(第16章その2)


神谷はシエキネンについて、レストランに入った。
「さっき、アントンがクオピオへ行ったことがどうかしたと言ってたね」
雨に濡れてほつれた髪をかき上げ、シエキネンは早口に喋った。
「ええ」
「いや、アントンがクオピオへ行ったかどうか、はっきりとは知らないんだがね。ひょっとして、私の考えていることが君の尋ねた内容に関係があるんじゃないかと思ったんだ」
シエキネンはそこでいったん言葉を切り、たばこに火をつけた。
「君はアントンの死に不審を抱き、何かを探ろうとしているんじゃないかな。この推理は案外、的をえているように思えるのだが」
老練の新聞記者を前に、神谷はどう答えてよいかためらった。
シエキネンは神谷の言動からアントン事故死に対して記事になる何かを敏感にかぎつけ、探りを入れて来たのだ。


「どうしてそれを?」
「そうだと思っていた。半年も前になるんだが、タリア嬢が私を訪ねて社にやって来たんだ。話を聞いてみると、アントンの死ぬ前に何か変わったことがなかったかと言うんだな。
私は、なぜそんなことを聞くのかと反対に尋ねたのだが、彼女はなかなか教えてくれようとしなかった。
それからコーヒーを飲みながらアントンのことを二人で話したんだがね、彼女が突然こう言ったのには驚いた。
彼女はね、アントンは殺されたに違いないって言ったんだな」
「アントンは殺されたに違いない! タリアはあなたにそう言ったんですね」
神谷は思わず身を乗り出した。
はずみで、コーヒーがカップから飛びはね白いテーブルクロスに飛び散った。
「そのことがあったものだから、君がアントンのことを訊きに来たのはどうしてかなと、われわれ新聞記者の野次馬根性が出たってわけなんだ」
口から紫煙を吐き出しながら、シエキネンが言った。


神谷は目の前の灰皿をぼんやり見つめたままでいた。
彼は自身の推理が正しかったことを、そしてアントンの死は事故なんかではなく他殺であったことを確信した。
「タリア嬢は、アントンの交通事故は偽装だと言っていた。私は、あれは単なる事故だったと考えているがね。君もやはり彼女と同じ意見かね」
シエキネンの声に、神谷ははっと顔を上げた。
「コッコネン氏が殺されたとする推理に確信はありませんでした。ただ、タリアの過去の行動から推測して、彼女がコッコネン氏の死に疑問を抱いていたことはわかっていました」
神谷は、タリアを殺したのは連続殺人犯ではなく別の人物であり、タリアはアントンの死の謎を探り当てたために殺されたとする彼の推理を熱い口調で説明した。


神谷が話し終えると、シエキネンは短くなったタバコを灰皿におしつけ、新しいタバコを唇の間にはさんだ。
「うーん。タリア嬢はアムステルダムで殺害されたが、犯人は別にいる、か。彼女が殺されたのは父親の事故死を他殺と考え、それを立証する手掛かりをつかんだがため…。
この事件が君の推理どおりとすれば、フィンランド犯罪史上最大の特ダネになるね」
「コッコネン氏がクオピオへ行ったことで、何か知ってるのですか」
神谷はテーブルのへりを両手でつかみ、身を乗り出した。
「タリア嬢がアントンの死に不審を抱きそこから手掛かりをえたとすれば、ひょっとしてあのことに関係があるのでは…」
「あのこと!?」


シエキネンはとがった顎を神経質そうにつねり、
「タリア嬢が、アントンは殺されたと言い張るものだから、私は言ったんだ。
もし、アントンが殺されたとすれば彼は迷宮入りの事件を解く鍵を見つけたのではないだろうか。その鍵のために殺された。
そう言ったんだ。しかし、まさか、タリア嬢がその事件を…」
「その迷宮入り事件はクオピオに関係あるのですか?」
神谷はシエキネンの言葉に飛びついた。
シエキネンは自身でも信じかねるといった面持ちでいたが、神谷に促されて先を続けた。


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