「タリア」第16章その3

(第16章その3)


「クオピオに関するかどうかはわからないが、あれはちょうど一年ほど前になる。アントンが私の家に寄った際、テレビを見て…
そう、あれはフィンランドスウェーデンで起きた過去の難事件や迷宮入り事件の特集番組で、アントンはそれにひどく関心をもったらしく、事件のどれか一つを解決してみせると私に宣言したんだ。
その時は、彼は暇ぎみだったものだから、解決できれば弁護士をやめて探偵にでもなるかなどと冗談を言ってたのだが。
結局、あれから、アントンからは事件に取り組んでいるのかどうかさえ聞かされずで、そのことをすっかり忘れてしまっていたというわけなんだ」
「今の話はタリアにもされたのですね」
神谷は体中の血が騒ぎ出すのを感じた。


「そうだよ。タリア嬢は、アントンが迷宮入り事件に関心を持っていたことを話すと、急に表情が変わって、そう、真剣に私の話に聞きいっていた」
「他に、タリアはあなたに何か尋ねなかったでしょうか」
「他には何もなかったね」
「タリアがあなたを訪ねたのはいつごろですか」
「あれは、三月の終わり、そのころだったと思うが。どうしてだね」
「タリアがクオピオへ出向いたのは三月末ごろです。
だから、もし彼女があなたの話にヒントを得てそのような行動をしたのなら、当然、あなたを訪ねた日はタリアがクオピオへ行った日よりも何日か早いはずです。
あるいは、その日に行ったのかもしれませんが」
シエキネンはコーヒー・カップを脇に押しやり、両肘を卓についた。
「確かに君の言うとおりだ。彼女がクオピオに行ったのは私の話にヒントをえたせいかも知れない。
今の段階では何とも言えんが、ともかく、これからテレビ局へ行ってみようじゃないか。あの手の番組を放送するとすれば国営放送局だろう。
あの時の放送番組にクオピオで起きた事件が扱われているか…。もしそれがあれば…」



さっそく二人は車を飛ばしてフィンランド国営放送局へ行った。
番組の特色からみて当然の選択である。
局にはシエキネンの知り合いが幾人もいて、彼は手際よく段取りをつけていった。
シエキネンの指摘した番組は、やはり同局のもので、昨年の十一月九日に放送されていた。
番組の中にクオピオに関係のある事件が扱われていれば、タリアはその事件を探っていたと考えてほぼ間違いない。
そうなれば、タリアがクオピオへ行った事実と一致する。
タリアはアントンが事件を追っていたことを探りあて、アントンの事故死の真相をつかむには、アントンの追っていた事件を解く以外に道はないと思ったことだろう。


一時間の番組の中で、三件の迷宮入り事件が扱われていた。
一件はシエキネンの言うようにフィンランドで起きた事件であり、他の二件はスウェーデンで発生した事件だった。
その一つはウプサラという町で起きたもので、五人の幼女が次々に惨殺され数百人にのぼる容疑者が調べを受けたが結局犯人は今だに捕まっていない。
もう一件の方は、十年前にストックホルム郊外で起きたもので十五歳の少年が誘拐された事件だった。
犯人は父親から身代金を奪ったあげく、少年を全裸にし両手両足を針金でしばりあげ、真冬の海に放り込んだのだった。
事件発生後一週間目に少年は死体となって見つかったが、犯人は今だに捕らえられていない。
そして、フィンランドのそれは果たして、クオピオで起きた事件であった。
神谷とシエキネンは思わず顔を合わせ、同時にうなずいた。
タリアはクオピオで起きた事件を探っていた。


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