「タリア」第17章その2

長編推理小説「タリア」第17章その2


神谷はシエキネンとともに、ひっそり閑としたサノマット新聞社資料室で、クオピオ事件の経過をたどっていた。
「驚いたもんだ。アントンはこんな難事件を一人で解こうとしていたのか」
資料を元の場所に片づけ、シエキネンはため息まじりにつぶやいた。
「コッコネン氏だけじゃなく、タリアもです。彼女もこの事件を追っていたのです。彼らはクオピオ事件を調べていくうちに何かの手掛かりをつかんだ。警察がつかめなかった何かを。そのために殺されたのです」
二人はヘルシンキ・サノマット社を出たところで別れた。
シエキネンは妻の待つ自宅へ、神谷は駅へと向った。


クオピオ行きの汽車は夜の十時にヘルシンキ駅を発車する。
シエキネンを訪ねた直後は、弱気になりかかっていた神谷であったが、今は違っていた。
タリアがクオピオに行った理由がついに明白になったのだ。
タリアはクオピオ事件を調べるためにクオピオに行った。
その事件をタリアの父アントンも調べていた。
そして二人は殺された。
なぜ!? クオピオ事件が絡んでいることは、もはや疑う余地がなかった。
神谷の心は決まっていた。
クオピオ事件の謎を解く。
それがタリアを、アントンを殺害した犯人を見つける道だ。



二度目のクオピオは真冬だった。
吹きさらしの殺風景なホームに降りたつと、神谷はあわててコートの襟に手をやった。粉雪まじりの強風が顔に吹きつけ、コートのすそをまくりあげる
寒々としたプラットホームに降りたのは神谷一人だけだった。
ディーゼル車に引かれた三両編成の列車は神谷を降ろすと北へ向って去っていった。
待合室に駆け込むようにして入り、神谷はコートについた雪を手で払い落とした。
隅のカウンターでは、朝の早い連中が止まり木に尻をのせ、コーヒーカップを大事そうに両手でかかえこんでいる。
神谷は連中の横に並んで腰かけ、ぶ厚い輪切りのレモンを浮かべた紅茶をすすった。


汽車の中では神経が高ぶっていたせいか、ほとんど眠れなかった。
クオピオに着く直前にほんの一、二時間眠っただけだった。
そのせいか、頭が重く、長時間座り続けていたこともあって体中に疲労を感じていた。
思わず顔をしかめてしまうほど酸っぱいレモンを口の中に入れ眠けを追い払うと、神谷はコートの内ポケットに手を入れ、書類を取り出した。
ヘルシンキ・サノマット社の資料室でシエキネンと協力して揃えたクオピオ事件の資料だった。
タカラ・ミルカネン。
当時五十四歳。
独身で家族のいないヨハンセン氏宅の家政婦を務める…。


タカラ・ミルカネンは駅からそう遠くないこじんまりしたアパートの一室で、老齢福祉年金を頼りに一人でつつましく暮らしていた。
神谷が訪ねて行くと、ミルカネンはしわの多い小さな顔を戸口からのぞかせ、きょとんとした目をしばたたかせた。
六十を超えてまだ二、三年のはずなのに、年齢よりもずっと老けて見える。
髪は漂白したように白く脂っ気がなく、肩は枯れ枝のように細く今にも壊れそうで、しみの多い手の甲には静脈が浮きあがっている。


「何かご用でございますか」
老婆はけげんな顔付きで、しぼんだ口を開いた。
「あなたがヨハンセン氏のメイドをしておられたと聞いて、訪ねて参ったのですが」
神谷は単刀直入に用件を言った。
「ええ、それはそうですけれど…」
「私があなたにお尋ねしたいのは、ヨハンセン氏のこともありますがそれよりも、タリア・コッコネンと名のる若い女性があなたを訪ねて来なかったかお訊きしたいのです」


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