「タリア」第17章その3

(第17章その3)


神谷の知りたがっている事が何であるのかわかると安心したのか、老婆は急に表情を和らげた。
「今年の三月末ごろのことですが、二十歳過ぎの若い女性が来なかったでしょうか」
「来ましたよ。それくらいの年のきれいなお嬢さんが」
老婆はそう言って、神谷を上から下へと眺めた。
老婆のくい入るような視線が何を意味しているのか、神谷はすぐに察しがついた。
「彼女は私の婚約者だったんです。六月に亡くなりましたけれど。アムステルダム連続殺人事件の六番目の犠牲者になってしまって…」
老婆はその事実によほどのショックを受けたようだった。
口をあんぐり開け、しわだらけの唇を震わせた。
そして、甲高い声でいっきに喋り出した。


「まあ、なんて恐ろしいこと。あのお嬢さんが殺されただなんて。知ってますよ。新聞で読みましたよ。若い娘さんを狙って、何ですか、暴行をして首を絞めて殺す。
まだ犯人が捕まっていないというじゃないですか。
ああ、恐ろしいこと。
あの時、私を訪ねて来てくれた娘さんが殺されただなんて…」


神谷は老婆の驚きと興奮がさめ、彼女が落ち着くのを待って、
「彼女はクオピオ事件のことであなたに何か尋ねなかったでしょうか」
クオピオ事件と聞き、老婆は急に身をかばうような格好で両腕を胸の前で縮めると、ぶるっと体を震わせた。
彼女にとってクオピオ事件は生涯忘れようにも忘れられない出来事であるが、それ以上に、神谷が言った言葉に驚かされたのだった。
「そう、そのとおりよ。あの娘さんはクオピオ事件のことで私を訪ねて来たのよ。
あの時は、お父さんが死んだこととクオピオ事件とに何か関係があるとか言ってたようだったわ」


今度は神谷が身を固くする番だった。
彼の推理が当たっていたのだ。
神谷は老婆に迫るように、体を一歩前に押し出した。
「それで、彼女はあなたにどんなことを尋ねたのですか」
神谷の問いに、老婆はくぼんだ小さな眼に恐怖の色を浮かべるのだった。
「い、いま、何て言ったの!?」


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