第21章その2


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(第21章その2)


手紙を読み終えると、バンヘルデン警部はきびしい表情で、カレヴォルトの方へ向き直った。
アムステルダム警察署のこの部屋で、カレヴォルトと顔を合わせるのは、警部にとってこれが三度目だった。
警部はすぐには口を開かず、カレヴォルトの顔を正面からじっと見つめていた。
どうしてこの手紙が今ごろになってここへ持ち込まれたのか、その理由はカレヴォルトに尋ねなくともわかっていた。
だから、カレヴォルトが今までローマにいたことについては何も言及しなかった。
ただ、彼がもっと早く帰ってきてくれていたら、事件は今ごろは解決していただろうにと、非難めいた気持ちがあるにはあった。


レヴォルトの陽に焼けた顔がこちらを向いた時、警部は口を開いた。
「この手紙の差出人に心当たりはありますか」
レヴォルトに卑劣な手紙を出した人物は、犯人以外にはありえないと警部は思った。
みみずがのたうちまわったような汚い字を書く狂人、そいつを犯人と考えてまず間違いない。
「いいえ、こんな字は今まで見たこともありません。犯人が書いたものでは?」
「捜査を進める上では、ひとつひとつ事実を確認していかねばなりません。今、尋ねたこともそのひとつにすぎません。恐らく、いや九十九パーセント、この手紙を書いた人物を犯人だと考えて問題ないでしょう。残りの一パーセントは、傍観者の立場にいながら人の不幸につけこむことに満足感を覚える連中です」
口ではそう言っても、胸の内では警部のこれからとろうとする捜査方針は決まっていた。
警察へ足を運んできてくれたカレヴォルトに礼を言い、彼を廊下へ送り出すと、警部はさっそく部下を会議室へ集合させた。


席上、警部は、カレヴォルトにあてられた手紙の一件を説明し、それに対して誰もが異口同音に、手紙は犯人が出したものだと言いきった。
この会議に出席している捜査班の面々は皆、事件解決への期待と意気込みとで顔面を紅潮させていた。
レヴォルトあての手紙から、次の二つの手掛かりが新たにもたらされたのだ。
一つは筆跡であり、もう一つは手紙が投函された場所である。
まず、手紙の投函場所が注目された。
消印はユトレヒトの中央郵便局で押されている。
これまでは、犯人の居住区域を探ろうにも探りようがなかった。
アムステルダムを中心に捜査の網を敷いてはいたものの、あまりにも漠然としすぎていて、はたして、犯人が捜査の範囲内にいるのかどうか疑問であった。


それが、犯人はついに足跡を表したのだ。
とはいっても、犯人が手紙を出したのは四ヵ月も前のことであり、現在もその場所にいるかどうかは危ぶまれた。
しかし、たとえそうであってもそこから何らかの有力な手掛かりがつかめるとみて間違いない。
犯人の居住区域をユトレヒトに絞ることに、全員、異議はなかった。
捜査をかく乱させようとして、犯人が手紙をユトレヒトで投函したとは思えなかった。
手紙の内容から推しても、犯人がそこまで知能犯だとは考えられない。
ただ、ユトレヒト市内の場合、どこで集配された手紙であろうと、すべて中央局に集められ、そこで消印を押されるのだ。
それゆえ、手紙がユトレヒトのどの支局で集配されたのかまではつかめなかった。


バンヘルデン警部以下誰もが犯人を見つけるのは、あとは時間の問題だと考えていた。
人口三十万足らずのユトレヒトに的を絞り、現在までに握っている手掛かりをもとにローラー方式で捜査を押し進めて行けば必ず犯人を見つけ出せる。
ルノーに乗る三十から三十半ばの年齢の男で、クラシック好き。
そして、男の書く字はみみずの這ったような汚い特徴のある字だ。
―六月十一日、六番目の犠牲者を出して後、犯行はぷつりととだえていた。
これに対して、警察側の憶測は様々であった。
たとえば、犯人は自殺をしたのではないだろうかとする説。
あるいは、警察の執拗な捜査に恐れをなして犯人は息を潜めているとする説。
そうかと思えば、犯人の精神が正常を取り戻し、犯行を繰り返すという愚行をしなくなったとする説。―など諸々であった。


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