第22章その1


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作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加筆訂正しております。物語は日本人青年がアムステルダムで殺害されたフィンランド人の恋人タリアの死に疑問を抱き、北欧を舞台に謎を解いていくという長編小説(推理小説)です。


第22章その1


鍵屋を訪ねてから三日が過ぎていた。
時間はどんどん過ぎていくのに、タリアを殺した犯人の足跡さえ見つけ出せないでいる。
神谷は焦りを感じていた。
このままの状態をいつまでも続けているわけにはいかない。
おまけに、肉体はぼろ雑巾のようにへとへとに疲れきっていた。
〈事件から手を引こう。もう、日本へ帰ろう〉
何度そう思ったか知れない。
〈どうやれば事件を解決できるというんだ!? もう、何も残ってやしないんだ〉
ややもすると挫けそうになる心を、どうにか支えているのは、タリアの声だった。
神谷の耳に、タリアの囁きが聞こえてくる。
「マサト! もう少しよ。犯人はあなたの目の前にいるのよ。負けちゃだめ!」
脳裏をすり抜けていくタリアの面影に向って、神谷は心の中で叫んでいた。
「タリア! 教えてくれ。お前はなぜ殺されたんだ。事件の鍵をつかんでいたためなのか!」


神谷は、駅からそう遠く離れていない公園の中にいた。
クオピオへ来て初めてといっていいくらい珍しく風のない日で、コートにくるまっていさえすれば寒さを感じないですんだ。
雪も降っていなかった。
周囲を白樺の木々で囲まれた公園には、神谷をのぞいて人の姿はまったく見られない。
静寂そのものだった。
近くを通る汽車の音が時折聞こえてくるだけで、それ以外には物音一つしない。
白鳥のいなくなった池の周りをゆっくり歩きながら、神谷は、タリアが殺された理由を考えてみた。
今までにも何度同じことを考えたか数えきれないほどだった。
そのたびに、失望が深まるばかりだった。
しかし、合鍵の件が壁につき当たってしまった以上、別の方向から手掛かりを見つけ出す他はない。


―タリアは合鍵の件をつかんでいないのに殺されている。
俺は、それはタリアがアントンの娘であるがために犯人が不安を抱いたためと推理した。
クオピオ事件の手掛かりは合鍵の件以外にないと思えたからだ。
だが、果たして、俺の推理に問題はないだろうか。
もし、合鍵の件以外に他に手掛かりがあるとすれば、しかも、それをタリアが探り出していたなら。
タリアはその手掛かりを見つけたがために殺されたと考えてもよい。
タリアが手掛かりを握ったと仮定して、いったいそれは何だったのだろうか。
犯人の使用した凶器?
いや、そんなことはありえない。
三年間も警察が捜査して、それでいてなおかつ発見できなかったんだ。
あるいは、犯人の遺留品とみられているペンダントから、何かを探り当てたのだろうか。
これとて、事件を解く鍵には至っていないのだ。
ならば、ほかに何があるんだ!


足元にころがっている小石をつかみ、神谷はそれを思いきり強く、池へ叩きつけた。
何度も、石を拾っては池に向って投げていたが、急にいやいやをするかのように首を振った。
神谷は池の周りを歩き始めた。
歩きながら、手帳を取り出し、事件について記された新聞記事を日時を追って読み返した。
どこに、タリアが手掛かりをつかんだのか、神谷は懸命に探した。
そして、もしやと思える箇所があるにはあった。
記事には、ヨハンセン氏は救急車で病院へ運ばれる途中で絶命したと書かれている。
神谷はそこにかすかな希望を見出したのだった。
〈すると、ヨハンセン氏は賊に襲われてから救急車で病院へ運ばれる途中までは生きていたことになる。救急車が駆けつけて病院へ運ばれるまでの間に何かを喋ってはいなかっただろうか。犯人の人相とか何かを〉


そう考えてから、急にがっかりしたように、神谷は舌打ちした。
警察の発表では、ヨハンセン氏は犯人の人相など告げることなく死亡したとなっている。
が、しかし、タリアが、そこから何かの形で、手掛かりをえたと考えることはできないだろうか。
新聞記事をいくら読んでも、あるいはと思える可能性はそれくらいしかなかった。
無駄骨になるかも知れないが、やるだけはやってみよう。


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