第23章


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作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加筆訂正しております。物語は日本人青年がアムステルダムで殺害されたフィンランド人の恋人タリアの死に疑問を抱き、北欧を舞台に謎を解いていくという長編小説(推理小説)です。


第23章

十一月二十八日、神谷がクオピオへ来てすでに半月が過ぎ去っていた。
その間に、神谷は、事件を探っていく過程でうかび上がった疑問点をひとつ残らず調べあげていた。
フントネン刑事に対してもそれは同じだった。
フントネン、正しくはヤキ・フントネンであるが、彼は元来はドイツ人であり十五年前にフィンランド人と結婚、それから三年後にフィンランド帰化している。
彼の妻の名はカタリナといい、フントネンより四つ年下の三十六歳。
子供は、ハイスクールに通い始めたばかりの長男と、フランス人形のように可愛いい顔立ちの八歳になる娘の二人がいた。
父親としてのフントネンは、たいていの父親がそうであるように、男の子には厳しく、逆に女の子にはめっぽう甘かった。
五年前に、それまで住んでいた公営アパートを出、今は、クオピオ駅から南西に一キロほど離れた、戸建ての家々が立ち並ぶ、湖沿いの閑静な場所に住んでいた。
寝室が三部屋と居間、それに台所とサウナ室のついた平屋建ての家だ。
カタリナは美人ではないが小柄で愛想がよく、おまけに世話好きときているため、町内の婦人会ではいつも自然とリーダー役に選ばれてしまうといったタイプの女性だった。


カタリナほどではないが、フントネン自身も人づき合いがよく、近所の評判はすこぶるよかった。
常に笑顔を絶やさない男、律儀な男、酒は飲むが度を越さない飲み方を心えている男などなど。
クオピオ署内ではハッカネン署長そしてクルマライネン刑事部長に次いで三番目の地位にあったが、刑事能力は刑事部長よりずっと上だと見られていた。
事件のあった夜、フントネンは一人で夜勤についており、現場へはまっ先に駆けつけている。
犯行時のアリバイは証明できないが、記録ではその時間、彼は署にいたことになっている。


調べていくうちに、タリアがフントネン刑事を探っていたことが明らかになった。
神谷と言葉を交わしたうちの何人かは、神谷と同じようにフントネンのことを尋ねにきた若い女性がいたと言う。
その女性とはタリア以外に考えられず、それはフントネンが事件に関連していることを意味する、神谷はそう思った。
だが、フントネンをさらに詳しく調べ、フントネンについてより多くのことを知るにつれ、神谷のフントネンへの疑惑は薄らいでいくのだった。
当時のそして今もだが、フントネンにはヨハンセン氏を殺さねばならぬ動機がないのだ。
金に困っていた事実もなければヨハンセン氏を恨んでいたとする事実もない。
二十三歳の時にクオピオにやって来てそこでカタリナと出会い、二年後に結婚、フィンランド帰化
そのことは当時クオピオ中で話題にのぼったことだった。
警察官になったのは結婚後まもなくのことで今日に至るまでの十五年間、ほかの誰よりも勤勉に仕事に励んでいる。
生活は地味で堅実な暮らしぶりであった。


〈タリアはフントネンを探っていたが、果たして彼を犯人と考えていたのだろうか〉
フントネンのゲルマン人種に特有な、鋭い視線をともなった目や、尖って高い鼻に特徴づけられるひきしまった顔。
それは、フン族の血をひくフィンランド人の造作の大きいやや平板な感のする顔と比して、はっきり区別出来るものだが。
フントネンの顔を目に浮かべ、神谷はふとそう思った。
ヨハンセン氏がフントネンを指さした裏には、別の違った意味があったのではないだろうか。
フントネンを犯人とするのは、あまりにも短絡すぎるような気がする。


しかし、タリアはフントネンの身辺を調べていた。
そして、彼女がフントネンを探った時期からほぼ一ヵ月後に彼女は殺害されている。
これをどう解釈すればよいのか。
神谷は、出口のない暗く長いトンネルの中でもがいているに等しかった。
自身の行き先を照らしてくれる一条の光さえなかった。
だが、それでも神谷は諦めようとはしなかった。
暗闇の中で、神谷は手探りで、懸命に何かをつかもうとしていた。
〈彼女はフントネンのどこに、事件へのつながりを見い出したんだ!〉



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