第24章その1

作品解説:この長編小説は第24回江戸川乱歩賞最終候補作となりました推理小説「タリア」を選評(「文章が粗いので受賞は諦めたが一番面白く読んだのはこの長編小説だ。惜しい、まったく惜しい」「文章を修正すれば名作になったかもしれない」にもとづいて加筆訂正しております。物語は日本人青年がアムステルダムで殺害されたフィンランド人の恋人タリアの死に疑問を抱き、北欧を舞台に謎を解いていくという長編小説(推理小説)です。


第24章その1


十月は昨日で終わり、とうとう十一月になってしまった。
時間は無駄に過ぎていくばかりで、収穫といえるものは何もなかった。
クオピオ事件を解決するには、もはや術がないことを神谷は悟りつつあった。
ヨハンセン氏殺害事件、アントンの交通事故死そしてタリア殺害事件。
これら三件の事故および事件が起きた時のフントネンのアリバイは、完璧だった。
アムステルダムでタリアが殺された時、フントネンはクオピオ警察署で勤務していた。
アントンが事故死した時も、フントネンは署内にいた。
フントネンは完全に白なのだ。
〈それじゃ、何のためにタリアはフントネンを調べたりしたんだ!〉
どうにも動きようのない行き詰まり状態であった。


それでも、神谷はまだ諦めようとはしなかった。
敗北が近づきつつあるのを認めようとはしなかった。
認めたくなかった。
神谷が日本を発った日から数えて今日でほぼ二ヵ月半になる。
夏期休暇はとうに終わり、学期はすでに始まっていた。
だが、神谷は帰国する気になれなかった。
二ヵ月半の月日は、神谷をすっかり変えてしまっていた。
心は事件を追うことにのみ執着し、瞳は獲物を追う野獣さながらに鋭くギラギラ輝き、唇は目的を達するまでは意志を曲げないと言いたげに真一文字に結ばれ、何かの執念に取りつかれているかのような感があった。
精神的にも肉体的にも、疲労の限界にきていた。
いつまでもこのままの状態でいることはできなかった。


期末試験は年が明けてすぐに行われる。
それなのに、そのための準備はまだ何もしていない。
今すぐに帰国して準備を始めても遅すぎるくらいだ。
早く決着を付けねば…。
合鍵の件も、タリアがつかんだと思える手掛かりも、調べ尽くした。
しかし、結局、それらは犯人を指摘するには至らなかった。
犯人の足跡すら、見つけられずに終わった。
神谷にとって、今がもっとも苦しい時期だった。
せっかくつかんだと思えた手掛かりが、二つとも何ら役にはたたなかったのだ。
これでようやく犯人を見つけられる、そう期待したのにたて続けに二度も裏切られたのだ。
もうこれ以上、手掛かりなんかありやしない。
弱気になりがちな神谷を、どうにか支えているのは執念だけだった。
〈タリアを殺した犯人を見つけるまで、俺は事件を投げ出さない。どこまでも犯人を追い、きっと、この手で捕らえてやる!〉
しかし、それもいつまでも続くものではない。
なんとかして現状を打破しなければならない。


神谷には、これからどうすればよいのかといったあてはなかった。
けれども、じっとしていても焦りを覚えるだけだった。
動かなければ何も見つけられやしない。
そんな神谷が、動かないでいるよりはましだという理由からふと思いたったのが、クオピオ事件の容疑者とされた人物に直接会ってみることだった。
新聞記事には載っていなかったが、事件当時、警察は何人かの容疑者を捕らえ、調べたはずだ。
彼らは結局は容疑を解かれ無実を証明されたはずだが、たとえそれが直接事件と関係なく、どんなにささいなことであっても、神谷にとって参考になる事実が出てこないとも限らない。
いったんこうしようと決めれば、神谷の行動は早い。
彼はサノマット社の記者、シエキネンに電話をかけ、クオピオ事件を取材した記者が誰かを調べてもらい、その記者に会えるよう段取りをつけてもらった。


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