第25章その2

(第25章その2)


コリョネンはこけた頬をくやしそうにゆがませ、容疑者として捕らえられる羽目になったいきさつを語り始めた。
当時、アンティ・コリョネンはパイロット養成のための夜間学校に通っていた。
民間航空のパイロットになるのが彼の夢だった。
昼間はクオピオのちっぽけな空港で整備員として働き、夜は夢を実現するために勉強をする、それがコリョネンの毎日だった。
ところが、ヨハンセン氏が殺されたことで、生活が一変してしまった。
ヨハンセン氏が殺された日の昼過ぎ、数名の警官が空港に駆けつけ、コリョネンを連行していったのだった。
結局、コリョネンの無実が証明され、三週間後に釈放されたが、一緒に働いていた同僚はコリョネンを疑いの目で見るようになっていた。
職場にいづらくなったコリョネンは会社をやめ、パイロットになろうという気力も失せ、学校も退学してしまった。


警察がコリョネンを連行したのはペンダントのせいだった。
現場に落ちていたペンダントをコリョネンのものと見誤まったのであった。
コリョネンがいつも首にかけていたのとあまりに似ており、鎖の形はまったく同じであったためだった。
「俺のもっていたのはヨハンセンが殺される一ヵ月も前に落っことしちまったのさ。ふん、ヘルシンキへ行った時によ。
ハッカネンのやつ、俺の頭を押さえつけ、鼻がひん曲がるほど机にこすりつけやがった。俺のじゃないって何度言っても聞こうとしやがらなかった」
「どんなペンダントだったんだ」


「俺のは親父にもらったやつさ。大戦前に発行されたやつで、銀貨でできていた。兵隊連中の間でそれをペンダントにするのがはやってたらしいぜ。
あんたは知らないだろうな。あの銀貨はフィンランドの大統領の顔を彫ったやつで、記念貨幣だったんだ」
「それで、ヨハンセン氏の部屋に落ちていたペンダントとどこが違っていたんだ」
「兵隊は皆、自分たちの気に入った思いつきを銀貨の裏に彫ったんだってよ。俺の親父はお袋の名を刻み込んだのさ。
だから、裏を見てすぐにあれは俺のじゃないってわかったんだ」
九年前の出来事に恨みをぶつけるかのように、コリョネンは思いっきり空を蹴った。


警察の不手際のため夢を壊されたコリョネンに、神谷は同情を覚えた。
それとともに、権力を武器に人間の一生を台無しにしてしまう警察機構に対して、神谷は少なからぬ反発を感じてもいた。
高校に入ったばかりのころだった。
神谷自身は学生運動といったものに特別の関心はなく、いわばノンポリだったが、先輩に自称運動家がいた。
その先輩に、一度だけだったが誘われてデモにくわわったことがあった。
デモは終盤になって荒れ、機動隊と衝突し、デモ隊の群れの中に何十発もの催涙弾が撃ち込まれた。
そして、その中の一発が運悪く先輩の左眼に命中した。
先輩は一ヵ月入院したが、左眼は元には戻らず失明してしまった。
それまで体制や警察機構に対し何の悪感情も持っていなかった神谷であったが、その日を境に、警察というものに反発を覚えるようになってしまった。
デモに参加した神谷には、デモが荒れたのは機動隊の挑発にのせられたためだとわかっていた。


「現場に落ちていたペンダントには何て彫られていたんだ」
丸椅子にどさっと尻を置いたコリョネンを目で追い、神谷は言った。
「数字だった、あれは日付だったと思うな」
「今でも銀貨をペンダントにしているものは多いのか」
「めったにいないさ。あれは大戦中のことだけだったんだ。それを、よしゃいいのに、親父の形見がわりに後生大事に首根っこにかけていた馬鹿がいたってわけさ」
コリョネンは自らを嘲笑うようにして言った。
「あんたのペンダントが現場に落ちていたものと違うことを証明してくれる者はいなかったのか」


「人が首に掛けているペンダントを、裏まで見ようとする奴なんていないさ。俺のがヨハンセンの部屋に落ちていたペンダントだって言う奴はいても、俺を助けてくれるやつは一人もいなかった。
ふん、今から思うとぞっとするが、俺が釈放されたのは運がよかったからなんだ。野郎たちは俺の家を家探ししやがった。ヨハンセンの所から盗んだ金を見つけようとしたんだ。そんな金、俺が持ってるはずがないのによ。金は出てこなかった。
でもよ、あのときは俺もぞっとしたぜ。ひょっとして、俺の部屋から金が出てきたらと考えたらそりゃ怖かったぜ。
ハッカネンは俺を犯人に仕立てようとやっきだったからな。
何をされるかわかったもんじゃない。まあ、俺をいくらつついても何も出て来やしなかった。
それで、俺がしょっぴかれて三週間経って、俺のペンダントがヘルシンキで見つかったのさ。お袋の名前が彫られているやつだ。それで俺は釈放されたってわけよ。
問題のペンダントが俺のじゃないとなれば、ハッカネンもどうすることもできやしないからな。
あの野郎、手柄をたてることに必死になりやがって。あいつのおかげで、俺は貧乏くじをひいちまったってわけよ」
コリョネンの話はだいたいそんなところだった。


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