第25章その3

(第25章その3)


神谷は腰をあげた。外はまっ暗で、風は先刻よりもいっそう強く吹いている。
「もうすぐ約束の三十分になる」
窓から目を転じ、コリョネンの方へ向き直ると、神谷は重い口調で言った。
コリョネンの話は事件の背景をより広い範囲にわたって知っておくには役立ったが、手掛かりとなるものは何もなかった。
「聞きたいことはもうないのか。なけりゃ、この金はもらっとくぜ」
神谷は黙ってうなずき、戸口へ二、三歩、歩きかけた。
そして、後ろを振り向き、ふと思いついたように、
「犯人扱いされた者の中で、あんたと同じように手ひどくやられた者はいなかったのか」
「俺が一番こっぴどくやられたよ。他の奴らは皆、ヨハンセンの知り合いだとか何やらで参考人程度だったのさ…。
そういや、あいつも運の悪いくちだったな。フィンランドを追ん出されちまった奴がいたんだ。ドイツからの流れ者だったらしいぜ」
コリョネンの口からなにげなく出た言葉に、神谷はノブを持つ手を離した。



頭の中のどこかで、火花が散ったような気がした。
神谷は目顔で、コリョネンに説明を求めた。
「ヨハンセンが殺された日に、俺と同じ房に留置されていやがったんだ。陰気な奴で、うす気味の悪い奴だった。
俺がうす目をあけて奴のことを観察していたら、夜中に起き出して、壁に頭をこすりつけて何か口の中でぶつぶつ言ってやがった」
「さっきドイツからの流れ者だと言ったが、その男がそう言ったのか」
「いや、そいつが言ったわけじゃない。あいつは、自分はドイツ人とフィンランド人との混血だって言ってやがった。
ありゃ、本当だろうな。奴の喋るフィン語ときたら、ドイツなまり丸出しだったからな」
「そのドイツ人はどれくらい留置されていたんだ?」
コリョネンの話す混血男に、神谷は関心を抱いた。
長い間止まっていた推理の歯車が、今まさに動きだそうとしているのが自身でもわかった。


「奴は、一晩放り込まれただけよ。クオピオには一年前にも少しの間住んでいたって言ってやがった。
なんでも、奴の親父というのが大戦の時ドイツに従軍していたらしく、その時にドイツ女との間にできたのが奴だったらしいぜ。
お袋は奴の小さい時に死んじまったとか言ってやがった」
神谷はコリョネンの話に引きずり込まれていった。
口の中がからからに乾いてしまっていた。
「そのドイツ人は、なぜクオピオへ来たんだ」
「奴の親父がクオピオ出身らしいのさ」
「見つかったのか」
「だめだったらしいぜ。一年前にも探したが結局わからずじまいだったって言ってやがった。聞いてみりゃ、無茶な話よ。
奴は親父の名前も知らないってことだ。
わかってるのは、クオピオ出身ってことだけだってんだからな」
「事件のあった日、そのドイツ人はなぜクオピオへ来ていたんだ。何か聞かなかったのか?」


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