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(第25章その4)


コリョネンは急にもそもそと体を動かし、空咳をし、
「五十マルカ分は話したんじゃないのか。三十分はとっくに過ぎちまってるぜ」
と言って、右手を神谷の前に突き出した。
「わかった。いくら欲しいんだ」
神谷はコリョネンの顔をじっと見つめて言った。
「もう五十、といいたいところだが三十でいいや。あまり持ってなさそうだからな」
財布の中をのぞきながら、神谷は苦笑いをした。
コリョネンは悪党にはなれないタイプだ。
もしもこんな事件に巻き込まれていなければ、夢がかなっていたかも知れないだろうに。
「悪いな。俺も金のある方じゃないからな。いつもピーピーなんだぜ」
神谷の手から十マルカ紙幣三枚を受け取り、コリョネンはそれをジャンパーのポケットにねじ込んだ。


「あいつは親父を捜しに来たと言ってたな。あいつも、まったく運の悪い奴だったぜ。よりによってあんな時にクオピオへ来るんだからな。
ヨハンセンが殺されてすぐにクオピオ中に非常線が張られたのさ。奴はそれにひっかかりやがった」
「クオピオから出ようとしていたのか」
「俺もそこまでは知らないが、覚えているのは、奴が町をぶらついていたらポリ公にとっつかまったって言ってやがったことぐらいだ」
フィンランドから追い出されたというのはどういうことだ。国外へ追放されるほどのことはしていなかったんだろう?」
「ふん、俺の知ったことじゃないさ」
「そのドイツ人の名前は訊いたのか」


「いや、名前も何も知っちゃいないぜ。今話したのが俺の知ってることの全部だ。なんだったら、安アパートかどこかあたってみたらどうだ。
あいつは事件の起きる一年前にここに住んでたってことだから、そのあたりを調べていきゃ、わかるんじゃないのか」
コリョネンに言われるまでもなく、神谷はそうするつもりだった。
「その男はいくつぐらいだったか覚えているか」
「俺より少し上のようだったな。今なら、三十五、六ってとこだろう」
「顔つきは」
「忘れちまったよ。そんなことは」


宿へ戻る途中、神谷はいく度もこぶしを握りしめた。
体中から湧き出てくる興奮を、鎮めようがなかった。
もうこれ以上追っても無駄じゃないだろうか。
そう思い、事件解決を諦めかけていた神谷であったが、コリョネンの話によって推理の歯車がかみ合い始めたのだ。
ヨハンセンが死の間際にフントネン刑事を指さした意味。
「それが解けたんだ!」
誰もいない通りを歩きながら、神谷は思わず声に出して言った。
ヨハンセン氏は、犯人がドイツ人であることを知らせたいがために、あのようなことをしたのだ。
彼は口のきけなくなった状態で、最後の力を振り絞ってフントネンを指で差し示したのだ。


フントネンが元はドイツ人であったことはクオピオ中の誰もが知っている。
そうだ、ヨハンセンを襲った犯人はドイツ語なまりのあるフィンランド語を喋り、そこからヨハンセンは犯人をドイツ人と考えた。
それを伝えたいがために…。
「そうに違いない。絶対そうだ。犯人は、コリョネンの話した混血男と考えて間違いない!」
神谷はヨハンセンがフントネンを指さしたのは、犯人がドイツ人であることを伝えるためだとする自身の推理にすがりついた。
他に、何一つとして手掛かりもなく、この推理に沿って犯人を追い詰めるしか手はなかった。


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