第31章その2

(第31章その2)


「私の見た限りでは、この五ヵ月間一度だって動いちゃいないよ。その前には何度か使ってたみたいだがね」
「その前?」
「いつだったか、一度見たことがあるんだけど。男がこの車に乗って出て行くところを」
「どんな男でした」
警部は慌てずさり気なく問うた。ウェルネキンクに男の印象を十分に思い出させたいがためだった。
警部たちの周囲にはロープが張り巡らされてあったが、その周りを物見高い野次馬が幾重にも取り囲んでいる。


「男がドアを閉めようとして顔をこっちへ向けた時、ちらっと見ただけなんだが」
「それはいつごろのことですか」
「五月か六月の初めだったかな。子供を乗せてアムステルダムへ祭りを見にいこうとしていた時だったから。そうそう、そう言えば男は眩しそうに手を額にかざしながらドアを閉めていたような…。
あの時見たのは、たしか金髪で…。うん、間違いない。太陽の光に、きらきら輝いていたのを覚えてる。あれは、本物のブロンドだった」
「髪の長さはどれくらいでした?」
「さあ、長くも短くもなかったかな」
「年齢はいくつくらいでした?」
「三十をちょっと越したくらいだったと思うけど」
ウェルネキンクが知っている事柄は以上であった。


警部がウェルネキンクから話を聞いている間に、ルノーの内部は隅々まで調べられた。
その結果、十七本の陰毛が車内から検出され、座席には血こんと尿のしみらしきものが見受けられた。
また、シートの下からは、尿が浸みついて黄ばんだ下着が一枚発見された。
カーステレオにはクラシック音楽のテープが挿入されたままになっていた。
カール・ウェルネキンクから事情を聞いたあと、警部は車の所有者であるトム・クロンペンを参考人としてユトレヒト署に呼んだ。


クロンペンはユトレヒト市役所に勤める実直な四十半ばの男だった。
彼が車を盗まれたのはわずか五、六分の間のことだった。
「車を市役所裏の駐車場から出し、市役所の正面まで回って来たところで忘れ物を思い出したんです。
すぐに戻って来るからと思い、キィーをそのままにして職場へ戻ったんです。
二分もあれば十分だったのですが、上司に呼びとめられたため五分近く時間を費やしてしまったのです。それから、車を停めてあった場所に行ってみると、車が消えて失くなっていたんです」
それが今年の一月十二日のことだった。


(第31章その3へ)