第31章その3

(第31章その3)


警部に促がされて車の内部を確かめたクロンペンは、車が盗難にあう前とほとんど変わっていないことを証言した。
変わった点は、シートに浸みついた尿と血こんの跡、それにカーステレオのダストカバーに挿入されてあったミュージック・テープ。
そのテープはクロンペンのものではなかった。
とすれば、犯人のものとしか考えられない。
ルノーからは他にさしたる手掛かりは出て来なかった。


当然、指紋採取は行なわれたが、警部は今回の事件に限っては指紋から犯人をつきとめるやり方にほとんど期待をしていなかった。
いくら指紋を取っても、犯人が過去に犯罪を犯していなければ、役に立たない。
もっとも、何人かの容疑者の中で一人を選ぶには決定的な証拠とはなるが。
カール・ウェルネキンク以外にも犯人らしき人物を見た者がいないか聞き込みがなされたが、結局、ウェルネキンクが唯一の目撃者であることが確認されただけだった。


翌日、バンヘルデン警部のもとに、正式な鑑識報告書が届けられた。
それによると、十七本の陰毛は六人の被害者のうちの四人の被害者のものであること。つまり、エリサ・エルマンス、キティ・ションク、マリエ・デ・ボン、アイメ・ブロワンスの陰毛であることが判明した。
また、尿はキティ・ションク及びエルザ・モーエンスのものと一致しており、血こんはエルザ・モーエンスの血液型と一致していることが判明した。


車内からは、被害者及びトム・クロンペンの他に、三人の人間の指紋が採取された。
それらの指紋は、アムステルダム警察署に保管されている犯罪者指紋カードと照合されたが、結果はカードに該当する指紋は見つからなかった。
そして、三種の指紋のうち二種はクロンペンの友人の指紋であることが判明した。
犯人は三十代半ばの男、クラシック好き。
カール・ウェルネキンクの証言とルノーに残っていた一本のミュージック・テープから、少女アイネの証言が確認されたのだった。
そして、男の髪はブロンドであることが新たな手掛かりとして追加された。


三十代半ばの金髪男、クラシック好き。
ユトレヒト市内外の男で、犯人の特徴に該当する人物は徹底的にマークされ、秘かに指紋を採取された。
しかし、犯人はいっこうに見つからなかった。
事件はあと一歩で解決できるところまで来ている。
それはバンヘルデン警部にもよくわかっていた。
だが、あと一歩から先が進めないのだ。


捜査のどこかに漏れがあるのではないだろうか。
これほど完璧に捜査を展開させているのに犯人が容疑者の網にさえひっかからないのが、バンヘルデン警部には不思議だった。
それに、車の中から検出された被害者の陰毛、尿、血こん及び指紋に、六人目の被害者タリア・コッコネンのものだけがないのも腑に落ちなかった。


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