第32章その2

第32章その2)



「もっと強く、抱いて」
神谷は、弓なりに体をそらす彼女を、ベッドに押しつけるようにして、深く入っていった。
快感が頂点に達しようとすると、強引に体を離し、彼女の体を乱暴に動かし体の向きを変えた。
何度も同じことを繰り返した末に、ようやく快感が全身を貫くと、神谷は彼女の体から離れた。
両手を頭の下に組み、仰向けになった。
なぜメイユを抱いたのか、神谷は考えたくなかった。
寂しさに耐えきれなくなったからかも知れない。
たまらなく人恋しくなったせいかも知れない。


「まだ、タリアのこと愛しているのね」
神谷の胸に手を置き、メイユは寂しそうにつぶやいた。
神谷は返事をしなかった。
沈黙が続いたが、やがて神谷が口を開いた。
「日本へ帰ることにした」
「…」
メイユは何も言わなかった。神谷の胸に置いた手を肩にずらし、顔を胸にのせた。
神谷は、シベリア経由で日本へ帰る決心をしていた。
昨夜、ヘルシンキへ向かう船の中で決めたことだった。
シベリアを通り、ナホトカ航路で日本へ。
それは神谷が初めてヘルシンキへやって来た時と同じルートだった。


「明日、帰国手続きをするよ。早ければ十日後にはヘルシンキを発つことになる」
「もう、ここへは戻って来ないのね」
神谷の胸に、メイユの頬から涙のしずくが伝い落ちた。
「もう、フィンランドへは戻って来ない」
神谷はその言葉を心の中でつぶやいた。
メイユは口を閉ざし、神谷の胸に顔をうずめていた。
愛しているとか好きだなどとメイユが口にしないのが、神谷にはうれしかった。
今は誰も好きになりたくない。


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