第34章その3

(第34章その3)


一つの矛盾が解ければ、その次の矛盾を解くのにたいして時間はかからなかった。
矛盾を解く鍵を見つけると、神谷は部屋の中央に仁王立ちになった。
怒りと執念に満ちた眼で壁の一点をにらみつけ、歯をくいしばり、こぶしを宙に突き上げた。
「ペンダント、ヨハンセンの部屋に落ちていたペンダントだ。それを見てアドルフの父親には誰が犯人かということも、自分の息子が誰なのかもすぐにわかったんだ。くそっー! 何てことだ!」


そう叫ぶと、神谷は壁に額をこすりつけ、いく度もいく度もこぶしで壁を叩くのだった。
抑えても抑えても吹き出してくる怒りを鎮めようがなかった。
アドルフの父親が警官であると考えれば、クオピオ警察の遺失物ファイルから消えた頁の謎も容易に解ける。
アルト・ラウノが落とした鍵の記録をファイルから抜き取ったのは警官であるアドルフの父親だったんだ。


数分後、神谷は部屋を飛び出し、夜の街を駅へ向って走っていた。
途中、雪に足をとられて、何度もころびそうになった。
クオピオ行きの汽車が出たのは、神谷が駅に走り着いてから三十分後のことだった。
車中、神谷は一睡もできなかった。
〈今度こそ犯人を追い詰めてやる〉
誰を追い求めればよいのか、追うべき人物の後姿が、神谷の頭の中で輪郭を表わし始めていた。
相手はクオピオ警察の警官、三十七歳のアドルフを息子にもってもおかしくない年齢の男、第二次大戦中ドライアイヒへ従軍した経験のある人物。
この三つの条件を備えた人物を見つけ出せばよい。
三番目の条件をもった人物が誰なのかはこれから調べなければわからぬことであったが、一番目と二番目の条件に合致する人物はわかっている。
そんな人物はクオピオ警察署に二人しかいない。


神谷はその人物の名を即座に口にすることができた。
一週間近くもの日数を費やしてフントネン刑事を探ったことのある神谷には、クオピオ警察の内部の様子はほぼつかめていた。
署員は全部で八人、うち一人は婦人警官。
残り七人のうち五人はどう見ても五十歳にも達していない。
五人の中で一番老けていそうなポッケラ巡査部長でさえ四十七、八歳といったところだろう。
となると、残るはハッカネン署長とクルマライネン刑事部長。
二人とも、六十に近い年齢だ。
この二人のうちどちらかがアドルフの父親であり、ドライアイヒに従軍した経歴があるに違いない。


汽車がヘルシンキを離れてから五時間が過ぎていた。
「あと四日」
神谷は腕時計に視線を落とし、そうつぶやいた。
と同時に、ふいに表情を曇らせた。
タリアとアントンを殺した犯人が二人の人物に限定された、この数時間というものそのことで頭の中はいっぱいだった。
しかし、冷静さを取り戻すにつれ、ある疑問が神谷の胸の中で湧き上ったのだった。
〈アドルフ・グレーペを殺したのはいったい誰なんだ〉
アドルフが殺されたのはクオピオ事件に関係したため、そう俺は推理した。
だが、三つの事件に関係のある人物は、アドルフ及びアドルフの父親以外に考えられない。
アドルフの父親がアドルフを殺した?


いや、アドルフの父親はアドルフを庇い、タリアとアントンを殺してまでも事件をつつみ隠そうとしたのだ。
その人物が、どうしてアドルフを殺したりするものか。
ならば、他に誰がいる…。
神谷の推理は堂々めぐりを繰り返していた。
そして、謎が解けぬまま、汽車はクオピオに着いてしまった。
十一月二十一日午前十時三十八分だった。


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