第35章その3

(第35章その3)


アドルフ・グレーペの父親がわかった。
警察署長のハッカネン。
そのハッカネンがタリアを、そしてアントンを殺したのだ。
とうとう犯人をつきとめることができた。
ハッカネンが犯人であるとわかった時、最初、神谷はそのことしか頭になかった。
だが、犯人をつきとめることよりも、その犯人を告発することの方がずっと難しいのだと気づくと、神谷は急に不安を覚えた。
〈問題はこれからなんだ。ハッカネンを打ち崩せるかどうかは、これからが勝負なんだ〉
神谷は深く息を吸い込み、逸る心を落ち着かせようとした。


二つの殺人事件の犯人がクオピオ警察署の署長ハッカネンであることを、どのようにして証明すればよいのか、神谷にこれといった考えはなかった。
彼にあるのはただ、
〈まず、ハッカネンのアリバイを調べること。タリアとアントンが死亡した日の奴のアリバイだ〉
しかし、それとてもどうやって調べればよいのか名案があるわけではなかった。
クオピオ警察の連中に体当たりでぶつかって、ハッカネンの事件当日のアリバイを聞くわけにはいかないのだ。
一月十六日と六月十一日。
ハッカネンはこのいずれの日にもアリバイはないはずだ。
神谷はそう信じていた。
もし、万が一にでもハッカネンに両日のアリバイがあるなら、神谷の推理は根本から崩れてしまう。
〈絶対にそんなことがあるものか。奴にアリバイなどあってたまるか!〉


酒場を去り、これからどこへ行けばよいのかもわからぬままに、神谷は町を歩いていた。
雪は小降りで風もそう強くは吹いていなかったが、空気は身を裂くように冷たかった。
三週間前に来た時とは比較にならないほどの寒さだ。
不気味な鉛色の厚い雲が空をうごめいている。
今夜あるいは明日には猛吹雪がやって来そうな気配だった。
クオピオ駅の近くまで来ると、神谷は足を止め、しばらくためらっていたが、決心がついたのか北の方へ向けて歩き出した。
駅から五百メートルほど北へ行ったところにある小さなレストランへ入った。


通りの向こう側が見える席に座り、厚切りのレモンを浮かせた紅茶をすすった。
神谷のいる場所からは、クオピオ警察署の正面玄関がはっきり見える。
だからといって、どうこうするわけでもないのだが、神谷はただ漠然とここまで足を運んできたのだった。
ガラス扉の向こう側で立ち動く警官の姿を眺めながら、神谷はハッカネン署長の姿を脳裡に思い浮かべていた。


中背の肩巾の広いがっしりした体つき。
四角ばった顔に眼光の鋭い眼。
前額部の禿げかかった頭。
ハッカネンについて神谷の知っていることといえばそれくらいでしかなかった。
ほとんど何も知らないといった方が早いくらいだ。
神谷はそのことに気づくと、こんなところで無駄に時間を費やしている自分に苛立ちを覚えた。
〈俺はハッカネンについてまだ何も知っちゃいやしない〉
レストランを出、神谷は鍵屋のオラヴィに会いにいった。


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